恋愛小説

ウエディングドレス~短編恋愛小説


誰でもお姫様になれると信じていた幼少期。

白馬に乗ってやってくる王子様なんていないし、女の子の顔にはランクがあって、自分はせいぜい真ん中ぐらいだと気付いた思春期。

そして現在。王子様と呼べるような外見ではないけれど、性格は紳士的な私の恋人が、白い車に乗って迎えに来る。地元のフリーペーパーに載っていた結婚式場で試食会が行われるので、タダで美味い飯を食いに行こう!と言うのだ。

家でゴロゴロすることが増えていたので、久しぶりの外でのデートだった。

お姫様とは言えないけれど、結婚式場で浮かない程度には綺麗にしてきたつもりだ。

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「お待たせ。おお、いつもと雰囲気違うね」

さすがは紳士的な私の恋人、きちんと変化に気付いてくれる。が、それはつまり、普段は手を抜いたファッションだと言いたいのだろうか。否定はできないけれど。

こんな街中に結婚式場があるとは知らなかった。白くて高い壁に囲まれ、その壁に沿うように、規則的に木が植えられている。その壁の中に入ると、外の世界から隔離されたような、夢の世界に踏み込んだような気分になった。

車から降り、360度辺りを眺めていると、キチッとスーツを着て、髪もキチッとまとめた女性が近付いてきた。建物の中に案内され、高級感のある白い布が敷かれたテーブルに着く。料理が運ばれるまでの間、簡単なアンケートにお答えくださいと言われたが、その質問量は簡単の範疇を超えていた。とりあえず、和也、綾香と、名前から書いた。

フレンチのフルコースをがっつり食べられるイメージで来たのだが、運ばれてきた大きなお皿には、一口サイズの前菜が3種類乗っているだけだった。白い余白に垂らされたソースは確かに美味しいのだが、お腹には溜まらない。メインディッシュのお肉も一口サイズに切られたものだったが、無料なのだから贅沢は言えない。

和也に、このあとラーメンでも食べに行こうと伝えたら、きっと乗ってくれるな。そう思っているところに、先ほどの女性スタッフがやってきた。

「もし、この後お時間があれば、ドレスの試着なんていかがですか?」

ラーメンを食べに行く予定ですとは言えず、促されるまま別館へ移った。

白いドレスを着たら、誰でもお姫様になれるかもしれないと、淡い期待を抱いていた。

式場の隣にある別館へ入ると、2組のカップルが式の打ち合わせをしている最中だった。その横を通り抜け、こちらですと案内された奥の部屋へ入ると、広めの部屋に6点のドレスが展示されていた。

「わあ……」

この日のイベントのために用意されたようだったが、普段この部屋が何に使われているのかは見当もつかない。スタッフは、ドレスの横に立って説明を始めた。本来はもっと多くのドレスの中から選べるが、今日はスタンダードな6点のドレスを取り揃えているらしかった。

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「最近では、こちらのAラインのドレスが人気ですね。あとは、定番のプリンセスラインと……」

上半身がタイトで、スカートはふんわりとボリュームのあるプリンセスラインのドレスは、まさにお姫様という感じで、シンデレラを連想させた。でも私が一番憧れていたのは人魚姫。私はマーメイドラインのドレスを選んだ。膝下から人魚の尾ひれのようにスカートが広がっているデザインは、とてもエレガントで大人っぽく見えた。

スタッフの方と一緒に、ドキドキしながら試着室へ入った。幸い、デート前に脱毛は済ませてある。もしかしてと思って下着も綺麗なものを選んできたが、正解だった。が、ブライダルインナーと呼ばれる、ウエディングドレスを美しく着るための専用の下着があるようで、「これを着けたらまたお声かけてください」と、スタッフの女性は一度退室した。

服を脱ぎ、渡されたブライダルインナーを着用する。ふうっと息を吐き、お腹をへこませながらウエストニッパーのホックを留めた。

スタッフの女性を呼ぶと、彼女はドレスを床に置き、ドーナツよのうな輪っかを作った。その輪っかの中に入るよう促され、ドレスを踏まないようにまたいでドーナツの真ん中に立つと、するするとドレスを持ち上げた。

「胸のところで押さえておいてください」と言われた通りに手でドレスを支えていると、背中の紐をぎゅっと引っ張られた。下から上へと背中の紐を結ばれ、少し苦しいなと思いながら、ふらつかないようしっかりと足で踏ん張った。

「できました」

その言葉に顔をあげて正面の鏡を見ると、純白のドレスに身を包んだお姫様……ではなく、いつも通りの自分が映っていた。

「下腹……」

ぽっこりと出た下っ腹に、開いた口が塞がらない。

「マーメイドラインのドレスは、体のラインがはっきりと出ますので……気になるようでしたら、Aラインや、プリンセスラインなんかはお腹を隠せますが、ご試着されますか?」

「いえ、結構です……」

お姫様になれるかもという淡い期待は見事に打ち砕かれた。現実を目の当たりにし、もうこれ以上のダメージは受けたくないと、回避するように式場を後にした。

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「なんだ、試着したドレス見せてくれればよかったのに」

試着室の外で待機していた和也は、少し残念そうだったが、とても見せられる姿ではなかった。うふふ、本番までのお楽しみ、なんて笑う余裕もなく、沈んだまま車に乗り込んだ。

こういうとき、和也は茶化すこともなければ、どうしたのとしつこく追求してくることもない。ただ黙って隣にいてくれる、この距離感が心地よかった。

「思ったより、下腹が出ててさ……」

「うん」

そして、私が何か話せば必ず聞いてくれる。

「最近、ゴロゴロしてばっかりだったし……」

「そうだね」

必要ならば相槌も打ってくれる。

「昔は、食べてもそのぶん運動してたからなぁ」

「バリバリの体育会系だったもんね」

そうなのだ。和也も私も学校は違ったが、お互い部活動に打ち込んでいた。社会人になってから、久しぶりに運動がしたいという友達に呼ばれて行った体育館で出会ったのだ。

「ちょっと運動したら痩せると思うんだよね」

「俺も最近、たるんできてるんだよね」

よく、ダイエット失敗の原因として運動嫌いが挙げられるが、私は運動する機会がないだけで、運動が嫌いなわけではない。むしろ、身体を動かすのは好きである。ただ、仲間を集めて体育館を借りて行うような球技は難しい。一人でも、どこでも、いつでもできる運動なら……。

「決めた、私ダイエットする。ランニングする」

「じゃあ、俺も一緒に走ろうかな」

私が何かやると言い出したら、それに付き合ってくれるところも好きだった。なんだか好きなところばっかりだ。

こうして、式場からの帰り道に、彼と一緒に定期的にランニングをすることが決まった。

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まずはウォーキングから始め、だんだん慣らしていき、1か月後には30分くらい平気で走れるくらいまで体は戻ったのだが、見た目はさほど変わらない。体重計に乗っても、汗として流れた水分だろうなと思うほどしか減っていない。おかしい。運動すれば簡単に痩せると思っていたのに、減らないではないか。

かたや和也はふくらはぎに程よく筋肉が付き、上半身も引き締まってきているように見えた。この差はなんだ。

「男女差というか、体質の違いじゃない?俺はもともと筋肉質だしね。綾香も筋肉がつけば、基礎代謝あがって体重も減ってくるんじゃない?」

和也が言うことももっともだ。だが、男性は筋肉質だと何割増しか格好よく見えるかもしれないが、私はドレスの似合うスレンダーな体系になりたいのだ。

「あんまりムキムキにはなりたくないんだけど……」

「あー、女性らしくキレイに痩せたい、ってやつだよね」

そういえば、あの歌手痩せたよね、名前なんだっけ、と和也は唐突に話題を変えてきた。

ほら、あのラブソングばっかり歌ってる、10代の女子に支持されている、あの歌手。

和也に言われて、歌のフレーズは思い出せたが、歌手の名前までは思い出せず、現代人の悪い癖、すぐにスマートフォンを取り出して検索した。

「そうそう、この人!」

「ほんとだ、8キロ痩せたって」

ビフォーアフターの写真は衝撃的だった。そして、この歌手のダイエット法について、いろいろな人がブログで取り上げていた。食事の時間を決めたり、運動したり、エステに通ったりもしていたそうだが、どうやらあるサプリメントを愛用しているらしかった。

年齢が上がるとともに、代謝も落ちてくるらしい。同じように運動しても、昔のようには痩せないのだそうだ。まさに自分のことだと思った。その歌手は、体内の痩せ菌を増やすサプリメントを服用することで、ダイエットをサポートし、効率よく痩せたというわけだ。

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「サプリメントか……試すの怖いんだよね」

「なんで?病院でもらう薬とは違うの?」

「え~、だって金儲けのためにあるようなものじゃない?怪しい成分が入ってたりとか……初回だけ安くて、続けると高かったりとか……」

実際に、そのブログには「初回モニター価格!」といううたい文句で破格の値段が表示されていたが、よくよく細かい文字を読むと、その価格は初回だけで、3回以上の継続コースと書かれていた。

「そういうものなのかなぁ。理に適ってると思うけどなぁ」

そう言って和也が見せてきたスマートフォンの画面には、大きな文字で「体内フローラ」と書かれていた。

善玉菌、悪玉菌、ビフィズス菌……。テレビの健康番組で聞いたことのある腸内菌の名前と、どのような働きをする菌なのか、どのような成分をエサにして増えるのかなど、イラストも交えて事細かに記されていた。

確かに、説得力があった。そして、歌手だけでなく女優やアイドルも愛用しているらしく、そのサプリメントを手に持った写真がいくつも掲載されていた。

「初回がこの値段なら、それ以降通常価格であと2回買っても、1個あたりランチ1回分くらいでしょ。効果でなければそこでやめればいいしさ。3か月くらい続けてみたら?」

和也の後押しもあって、購入を決めた。

そのサプリメントはすぐに届いた。決められた飲用時間やタイミングもなく、毎日欠かさず飲めばいつでもいいということだったので、続けやすかった。

飲み始めて1週間もしないうちに便通がよくなり、毎朝すっきりと出て体が軽くなった気分だった。1か月すれば気分だけでなく数字にも表れた。体重計に乗ったとき、壊れたのかと思ったほどだった。

どうやら壊れていたのは私の体の方で、ずいぶんと便を溜めこんでいたらしい。それを外に出すだけで、こんなに体重が減るなんて。もちろん数字だけでなく、見た目にも歴然とした結果が出た。

ぽっこり出ていた下腹の正体は、便だったのだ。そして自分でも気付かない変化に気付いたのが、和也だった。

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「なんか綾香、肌きれいになった?」

これぞ腸内環境が整い、内側からきれいになった効果だろうか。最近化粧ののりがいいなぁとは思っていたが、これも腸内からデトックスした恩恵だろうか。

もちろん、サプリメントだけではなく、運動も続けていた。

サプリメントの効果があったらランニングはやめてもいいかなと思っていたが、和也の方がランニングにハマってしまい、それに付き合っていた。嫌々ではない。二人で並んで走りながら、あれこれ話す時間が楽しかった。

「ああ、もうこんなとこまで来ちゃったね。そろそろ折り返そうか」

ランニングを始めた当初は、探検するように近所をあちこち走り回っていたのだが、次第に平坦で車通りの少ない河川敷が定番コースになっていた。

「もうちょっと行けるよ。次の橋まで行ってから帰らない?」

そう提案すると、案の定、和也はそれを受け入れた。走れる距離が伸びたことを褒めてくれたし、走るペースも以前より上がっていると、腕時計を見ながら教えてくれた。

「体が軽いと、どこまでも走っていけそうなんだよね」

「サプリメント様様だね。性格も、明るくなったって言ったら大げさかもしれないけど、前向きになったよね」

和也に言われて初めて気付いた。確かに仕事でもプライベートでも、考え方がポジティブになっていた。

「和也、いつも私のいいところばっかり見てくれるよね。こんなに長く付き合ってるとさ、悪いところも見えてこない?」

ちょっと意地悪な質問だったかなあと思ったが、和也は気にする様子もなく、しれっと答えた。

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「しいて言えば、自己完結しちゃうところかな」

「えっ、なにそれ。例えば?」

「結婚式場行ったとき、試着したドレス姿見せる前に、脱いで出てきちゃったじゃん。買い物行っても、ちょっと試着してくるね~って言って、会計済ませて戻ってくるし。良くも悪くも、相談なしに、自分で決めちゃうでしょ?」

思い当たる節がいくつもあった。私としては、自分のことで和也を待たせたくないという気持ちもあったし、自分自身で良し悪しを判断していただけだったのだけど。

「俺としては、一緒に悩んで決めるっていう時間も楽しみたいんだよね。だから、サプリメント買うまでのやり取り、新鮮で楽しかったよ」

「そんな風に思ってると思わなかった」

「うん、言ったことなかった」

だいぶ長い距離を走って息が上がっていたが、和也は笑っていた。

「これからも、長い人生、いろいろ決断する場面があると思うけどさ。俺は、綾香と一緒に悩んで決めていきたいんだよね」

まずは結婚式場でしょ、それから子どもの名前とか、マイホームとか。未来を思い描き語る和也は、とても楽しそうだった。

私は、息が上がって言葉が出ない。胸の鼓動が速くなっているのは、走っているせいだけではない。気付いたら、橋の下まで来ていた。

「あ、もちろん、正式なプロポーズは後日しますので、お楽しみに」

さあ帰ろう、そう言って折り返した。川沿いの道は時々ゆるやかなカーブを描きながらも、どこまでもまっすぐに伸びていた。

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