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徒然日和~日常系 おすすめ小説


「……どうしよう」

私は樋野 香苗(ひの かなえ)。
今年で満28歳。1つ年上の夫と、6歳になる息子がいる。
スーパーもコンビニも、駅もほど近い場所にある団地に3人家族で住んでいる。
生活は苦しくない。むしろ夫が最近出世したお陰で結構余裕のある暮らしをしている。
私も副業としてハンドメイドのネット販売なんかをやっていて、自由にできるお金は貯めてある。


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近所の人にも良くしてもらって、人間関係も上々。
しばらく前には息子も結構病気だ怪我だと大変だったけれど、小学校に上がってからは落ち着きも出てきて、身体も丈夫になったみたい。病院に足繁く通っていた日々も懐かしいものだ。

お金、人間関係、育児。
全て順風満帆な私。きっと誰も彼もが「悩みがなくていいね」なんていうだろう。
しかし、そんな私にだって悩みくらいあるのだ。
そう、毎日毎日生きていれば誰しも10回はぶち当たるだろう悩み。

「今日の夕飯、何にしようかなぁ……。」

現在11月中旬、十分外の空気は澄んで冷え切ったものへと変わって来た。
こんな寒い日には鍋が食べたい……と思うのは定石。
でも実のところ、昨日家族三人で卓上コンロの上の鍋を囲んで一家団欒を味わったばかりだ。

そうなるといくら味が違くとも、二日連続お鍋お鍋とは頂けない。
疲れて帰ってくる夫はいつも私の夕飯を楽しみにしている…らしい。
本人の言葉だから私には本心はわからない。でも、言われて悪い気はしないから信じておこうと思っている。

普段からどっちかというとのほほんとしている夫は、しっかりものという印象は受けない。
でもそれは家にいるときだけで、会社に行くと所謂『部下に尊敬される上司』というやつらしい。
私は夫が会社で働いている姿なんて見る機会がないから、これもまあ酔っぱらった夫の口から出た言葉だ。

でも、よく飲み会に誘われたりしているのを見ていると、きっと本当なのだろうなと感じた。
むしろ休日にもたまにスマホに着信が来たりする。何度かチラリと覗き見た画面に映っているのは女の人の名前だった。
スマホをとった夫の口からいつ『Yes』の言葉が出るのかと一時期気が気でなかったこともある。

でも夫はいつも「家族と過ごすからいけないよ」、なんて笑って返している。
それでいいのか、自称『部下に尊敬される上司』よ。
付き合い悪いなんて言われたら尊敬どころの話じゃないぞ。

とは思っても、夫は全然気にしていない。
「いやー、ごめんね。部下の子たち皆若くて元気いっぱいだからさー」とか言っちゃって。
それは間違いだぞ夫よ。遊ぶ機会があるから誘っているのではない。君と遊ぶ機会を作ろうとしているのだぞ。

なんて、教えてあげようとは思わなかったからそっと自分の胸の内に飲み込んだ。
男はいつまでも子供なんて言うけれど、ここまで無邪気なのも珍しいと思う。
きっと浮気なんてしない。むしろしたらすぐ私が気づく。そのくらい心を私に開いてくれていると思う。

その点で言っても、私はやっぱり悩みがないな。
いい夫を持ったものだと自分で自分を褒めたい。むしろよく選んでくれたよ、私なんかを。
夫との馴れ初めが物語のように頭の中を駆け抜けていって……――。

まて、何を考えていたんだっけ?
……あぁそうだ、夕飯の献立だ。
すぐ思考が脱線してしまうのは私の生来悪い癖だ。

だからこそあれこれ考えながらもできるちょっとした工作が向いている。
それを趣味にしているうちに、アクセサリー作り、ハンドメイドと呼ばれる分野でちょっとしたプロくらいの腕前になった。
今では自分で設計して何かを1から作ったりもできる。

あぁそうだ、あのイヤリングのデザインが人気だったなぁ。
それをベースにした新しいアクセサリーの設計でもしてみようかな。
今度はイヤリングじゃなくてピアスとか、イヤーカフとかで……。

……また脱線した。このままじゃあいつまでたっても献立は決まらない。
夕飯のことを考えているのに頭に浮かぶ夫とイヤリング、おそるべし。
そもそも夕飯のことだから料理のことを考えないといけないというのに。

最初は料理のことを考えていた気がする……なんだっけ?
あぁそうだ、鍋か。
昨日はしょうゆベースのスープでちゃんこ鍋を作ったんだった。

白菜、白滝、肉団子、ネギ、変わり種に冷凍野菜の里芋も入れてみた。結構おいしかった。
鍋だけじゃつまらないから焼き魚焼いたり、小鉢を2つくらい作ってみたり。
つまり冷蔵庫の中のものは昨日であらかた片づけた…んだっけ?

あ、思い出した。
昨日は本当はカレーを作ろうと思っていたんだった。
でも、夫が鍋が食べたいってメールを送って来たから、材料を買ってきて作ったんだ。

普段は大変だろうからって、私が聞かない限り献立には口を出さない夫からのメールはすごく珍しくて
きっとよほど食べたかったのだろうなと思って、具沢山の鍋を作ったんだった。
夫は帰ってきてすぐに部屋に満ちていた鍋の香りに予想外なほど喜んでいた。

あんまりに喜んでいるから、元々用意していたカレーの材料はまた次に使おうと思って冷蔵庫にしまっておいた。
そうかそうか、なら今日こそ使うべきじゃない。今日はカレーにしよう。
これで悩みが一つ解決した。うんうん、悩みがなくなると気持ちいいもんだよね。

冷蔵庫を開いてそこには材料たちがこんにちはーって……
あ、そういえば息子が小学校に入ってから給食がスタートしたんだっけ。
給食を作るのにも献立考えなきゃいけないんだよねぇ。

本当大変大変……今日の給食はなんだっけね?
――あ。
……えー、まじぃ?今日の給食……そっかぁ、「カレー」かぁ……。

杏仁豆腐も付くんだねェ、そっか、最近の給食って贅沢だよね。
デザートまでつくんじゃあお母さん勝ち目ないよ……ふふ。
……もう一回考えようっと。

あ、そうだシチューとか肉じゃがとかいいかもしれない。
それなら材料は同じだし、今なら夕食の時間まで結構あるから時間かけてつくれるし。
そうなると、調味料足りてたっけ?カレールーは買ったけど、シチューのルーは買ってないんだよね。

みりんもなかった気がする……どっちにしろ買い物に行かないといけないかなぁ。
それならついでに何か足りないものがなかったか確認しないと。
冷蔵庫の上の段を開けてみる……牛乳と卵、いつも足りなくなるんだよね。見たところあるけど。

牛乳パックを手にもって振ってみる……ちゃぽちゃぽ。
全然入ってない。気づけて良かった、最近息子が毎日牛乳を飲むからね。
小学校に入って、身体計測をするようになってから身長が気になるらしい。

牛乳を飲めば身長が伸びるっていうのは昔から言われていることだけど、
あれは正直牛乳屋さんの販促的な意味が強いんじゃないかって勝手に思ってる。
だって人間の身体ってカルシウムの経口摂取が難しいとか聞いたことあるもの。

実際飲んでもあんまり伸びないし。……実体験。
あとあと、牛乳を飲むと胸が大きくなるとかも聞いたことがあるなぁ。
ん?あれってチーズだったっけ。

そんなことを考えてたらチーズが食べたくなったなぁ。
買い物に行くんだし、買おう。あと、夫のビールも買い足しておこうかな。
……それを考えると、チーズがつまみにされそうな気がしてきた。

夫の好きなスナック菓子も買っておこう。
うわ、ラインナップを考えたらなんだか太りそうとか思えてきちゃった。
否定しづらいのが辛いよね……カロリーの過剰摂取が許されるのは成長期まで、と。


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えぇと、それでなにを買うんだっけ?
メモ帳メモ帳……昨日のメモが挟まったまんまだったよ。
昨日は何を買ったんだったっけ?……あ、マカロニとか買ってたんだ。

サラダ作ろうとしてたんだっけ。
そっか、今日はサラダも作ろうかな。シチューとサラダか、食べ合わせ微妙かなぁ?
でもシチューと何を合わせるかって問われると少し困るよね。

なんて思いながらもメモメモ。
みりん、シチューのルー、チーズ、ビール……あと、お菓子に牛乳。
メニューも書いておこう。『シチュー』と『マカロニサラダ』。

他のおかずは何にしようか。
洋風をメインに置くんだから他も洋風な方がいいよね。
ミートボールとか?……あ、適当に言ってみたけれどありかもしれない。

『ミートボール』、っと……じゃあひき肉も買わないとね。
どうして敢えてハンバーグにしないかって?明日のお弁当にも入れるからです、はい。
普段夫のお弁当用にハンバーグを小さめに作ったりするけど、あれはもはやミートボールだよね。

ソースは何にしようかな。トマトソースか、デミグラスソースか。
基本的にはこの2択だよね、あとはなんだろう、チーズソースとかもありかな?
むしろそれはinチーズかぁ。でもinチーズって難しいよね。気付いたらチーズが漏れちゃう。

というか今日はなんだかチーズの話題が多い多い。
夕食の献立を考えてたんだよ、私は。
だから、えーっと……うん、そうだね、もう献立は決定したんだね。

どうしようかな、買い物かぁ。今……14時。
もう少し休憩してからにしよう、休憩できるときにしておこう。
最近はハンドメイドの方をずっとやってたからこんな時間に暇ができるってのも少し珍しい。

そうだ、テレビでもつけようか。
最近の今の時期ってどんなテレビやってるんだろう。
ポチリ……おや、ちょうどCMか。

『今夜はグラタン!
  マカロニ、ウインナー……ミニトマト!
      みんな大好き、あったかグラタン!』

…………グラタン。
材料は、玉ねぎ、じゃがいも、小麦粉、牛乳、コンソメ、チーズ、マカロニ。
わ、どこかで見たような……きいたような?思い浮かべたようなラインナップ!

いいよね、グラタン。
今日みたいな寒い日にはぴったり。子供も喜ぶしね!
それ一品あるだけで、結構満足しちゃうしさ、うんうん、いいよね。

「そうだ、今日はグラタンにしよう」

私はメモ帳を開いてさっき書いた料理名に二重線を引く。
『シチュー』じゃなくて、『グラタン』っと。
『ミートボール』……はそのままでいいか。

グラタンかぁ、お店のじゃなくて誰かの手作りなんて久しぶりだなぁ。まあ作るのは自分なんだけど。
誰に自慢するつもりもないけど、私のお母さんは料理上手。
昔は覚えた料理を実践して家庭に出してくれたりした。

その中にはグラタンもあって、その時はマカロニじゃなくてミートソースだったっけ。
……ミートソース。ひき肉。
『ミートボール』もやっぱりやめよう。ミートソースグラタンにしちゃおう。

おお、なんということでしょう。
あんなに悩んでいた夕食がすぐに決まっていくではありませんか!
とはいえいくつかの材料が合体したせいで現状1品しか決まっていないことになっちゃったけど。

そうだ、スープでも考えようか。
ええーと、ニンジンかぁ。グラタンには入れないし、スープにできるかな。
あ、キャベツ。キャベツと人参でスープにしたらどうだろう?

ブイヨンスープをメインにすれば具沢山野菜スープ……ってね。
栄養も満点だし、うん、名案名案。
丁度開いてたページに『キャベツ』と追記。

そうと決まれば買い物に行こう。
折角付けたテレビは消して、椅子を引いて席を立つ。
車で行こうか……と思ったけど、やっぱり自転車にしようかな。

最近購入した電動アシスト自転車。普通より楽だし、ちょっとしたお出かけにはぴったりだよね。
流石に小学校に上がった息子を乗せて走ったりはできないけれど、息子と並走するのも楽しい。
成長を感じられるってのもいいよねぇ……。

……しみじみしてたらなんだか懐かしくなってきちゃった。
あー、やめようやめよう。まだまだ私も若い!……って思いたい。
しみじみするには早いって。せめて息子が中学校に上がった頃合いにしよう、こういうのは。

そうなるまであと6年……5年かぁ。
長いけれど、今息子が6歳になることを考えると余り長くないような気もする。
……流れる時間の速さをなんとなく実感してしまった。こんな何もない、一人の時間に。

息子と夫が帰ってくるまで、あと2時間はある。
なんとなく一人な時間が寂しくて、しんみりしてしまったから
私はさっさと薄手のコートをひっかけて、財布とエコバッグを手に取って玄関を開けて外に出た。

傾きかけた陽が寒い空気に射しこんでいる。
肌だけがじわりと温かくなる感覚を覚えながら、私はコンクリートの通路を歩き出した。
遠くに聞こえる小鳥のさえずりとカラスの声。まるで鬼ごっこでもしているような調子で聞こえてくる。

団地の前を通っていく車のエンジン音が耳障りなようで、日常に馴染んだ響きが心地よい。
遠くでは草野球をしているらしい音と声が私の耳に届く。
今日も変わらない日、もう半日も残っていないなかで、私はんーっと伸びをしながら笑った。

「今日も徒然と、時間に流されていきましょうか……っと!」


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