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冷たい告白~短編恋愛小説


「葉場くん、私、あなたのことが好きよ。お付き合いしましょう。」

夕日の差す放課後の教室に凛とした声が響き渡る。声の主は腰程まである髪を窓から漏れてくる風に靡かせる美人、花道琴羽だ。

その発言が世間一般で言うところの告白であると理解するのに、葉場雅人はしばらくの時間がかかった。

これまでの人生恋愛をしたことがないといえば嘘になるが、そこまで自慢できるほどの経験のない雅人は、ここまで迷いも躊躇いもなく、断定的な宣言のような愛の告白があるとは知らなかった。


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(葉場雅人)「…一体どこに付き合えばいいんだ?」

(花道琴羽)「あら、葉場くん意外と面白くない冗談を言うのね。」

途端、不機嫌そうに目の前の彼女は眉を寄せた。

(花道琴羽)「もちろん男と女として健全なお付き合いをしましょうという意味に決まっているじゃない。好きだと言っているでしょう?」

(葉場雅人)「わ、分かってるから!冗談だからそんな顔しないでくれ。」

これ以上茶化すのはあまりよくない結果になるであろうと、雅人には容易に想像出来た。

確かに女性と話す機会はそれ程多くない。家族や親戚くらいだろう。クラスの女子とも最低限の付き合いに限るし、あまり大勢で騒ぐのが好きではない自分は間違ってもクラスの中心にいるようなタイプではない。しかしこの高校に入学して一年半、琴羽との付き合いはそれなりにあるつもりだ。

琴羽とは一年の時から同じ放送部員としての付き合いをしている。当時、部員人数が少ないという理由から適当に部活を選んだ自分とは違い、凛と澄んだ声を持つ彼女がこの部活を選んだのは至極当然だと感じた。しかし結局のところ琴羽が放送部に入部した理由も自分と似たようなものだと判明するのに、それ程の時間はかからなかった。

雅人が初めて琴羽と会話をしたのは放送部の部室だった。二人きりで気まずかったのと、美人なクラスメイトと話をしてみたいというほんの好奇心から、世間話のつもりで何故放送部に入部したのか聞いてみた。

(花道琴羽)「別に私はあなたとは違って人と話すのが嫌いな訳ではないわ。むしろ好きなくらいよ。愛していると言っても過言ではないわ。」

(葉場雅人)「それは過言だと思うぞ…」

(花道琴羽)「あら、葉場くんって少しの誇張も許せないタイプなのね。そんなのだから話してくれる友人がいないんじゃないかしら。」

(葉場雅人)「友達はいるからな?!」

どうして初めて話す人にここまで言われなくてはならないのか。

話してみての第一印象は『まるでドライアイスみたいな人』だった。よく刺々しい人に対して『ナイフのような人』なんて言い方をするが、どうも琴羽は近くにいるだけで十分に冷え冷えとしてしまいそうな…勿論触れれば凍傷間違いなしだ。

(葉場雅人)「そもそも誰も人と話すのが嫌いなんて言ってないだろ。」

(花道琴羽)「それならその性格に難があるのね、可哀想に。」

(葉場雅人)「どうしよう、ここに美術室の鏡でも持って来た方がいいか?」

(花道琴羽)「あの鏡かなり大きかったのではないかしら?ここは三階よ?あなたのその腕で二階分持って上がって来られるというのなら、私は止めはしないけれど。」

(葉場雅人)「うっ…」

(花道琴羽)「軽口はこれくらいにして早く業務を終わらせましょう、葉場くん。私は早く帰りたいわ。」

軽口で一体どれだけ人の心を抉ってくるんだ、という悲痛な叫びを何とか寸前のところで飲み込んだ。この放送部は一学年二人。三年はほとんど受験で来ない事を考えると実質四人での活動になる。同学年で波風を立てて居場所がなくなるような真似だけは避けたかった。

(花道琴羽)「葉場くん、何をぼうっとしているの?」

(葉場雅人)「あ、いや、ちょっと考え事を…」

(花道琴羽)「人が一世一代の告白をしているというのに、葉場くんは考え事をしているのね。」

(葉場雅人)「そうじゃなくて!昔の花道のことを思い出してたんだ。」

(花道琴羽)「昔の…?そう、私の事を考えていたのなら仕方ないかしら。でも出来れば昔のではなく今の私の事を考えて欲しいところだわ。」

あの当時からほとんど変わらない刺々しさを含んだ言い回しが、今ならそれが悪意によるものではないという事がわかる。元よりそういう話し方をする性格だったのだろう。照れ隠しと考えるのは少し贔屓目が過ぎるだろうか。しかしそれが祟ってか、いじめと言う程のものではなくともクラスでは男女問わず一歩引かれているような気がする。

(花道琴羽)「ところで返事を聞かせてもらっていないわ。」

(葉場雅人)「返事?ああ、そっか。」

あまりに宣言のように言われたためにすっかり忘れてしまっていたが、これは告白なのだ。要は付き合うか付き合わないか返事をしろと言うことだろう。

雅人が思考を巡らせ答えられずにいると、琴羽は

「はぁ…」

とため息交じりに言った。

(花道琴羽)「『よろこんで、こちらこそ。』とか、『俺も好きだったんだ。』とか、それくらい言ってもらいたいものなのだけれど。」

(葉場雅人)「待て、どうしてそこに断られるっていう選択肢がないんだ。」

(花道琴羽)「あら、私のことが嫌いなの?」

(葉場雅人)「そういうわけじゃ…」

(花道琴羽)「それなら私のことが好きなのでしょう?」

正直なところ、花道琴羽が好きなのか?と聞かれたら好きだとは答えられる。それはもう、絶対的な自信を持って。つまるところ、断じて彼女が嫌いという訳ではない。ただ所謂、友達として好きなのか恋人として好きなのかというありきたりでベタベタなテンプレになると答えられないのだ。

(花道琴羽)「知っているわ。あなたのような人を草食系男子というのよね。もっと肉を食べなさい、肉を。」

(葉場雅人)「肉を食べても肉食系には…いや、そもそも俺は真面目に考えてるだけで草食系って訳じゃないぞ!」

(花道琴羽)「安心しなさい、葉場くん。私は葉場くんが草食系でも肉食系でもお付き合いする意志は変わらないわ。」

(葉場雅人)「もはや聞いてすらくれないのか。」

(花道琴羽)「だって答えてくれないのだもの。ねぇ、早速なのだけれど、今日は駅前のクレープ屋に行ってみたいわ。一緒に行ってくれるわよね、葉場くん。」

琴羽はそう言ってさっさと帰り支度を始めた。

告白の後の余韻など何のそのといった雰囲気に──最も告白中からそのような雰囲気は一切なかったのだが──雅人は呆れを含んだため息を吐き出すと共に、いつもと変わらぬそれに安心感を抱いていた。

(葉場雅人)「嫌だって行っても連れて行くんだろ。」

(花道琴羽)「よく分かっているじゃない。」
二人は駅前のクレープ屋の前に来た。来たところでなるほど、と雅人は納得した。
何故このタイミングで告白などしてきたのか。その理由の全てが今目の前の看板に集約されている。

『本日限り!カップル限定!今が旬のフルーツたっぷり特選クレープパフェ!』

(花道琴羽)「葉場くん、あなたの言いたいことは分かるわ。」

(葉場雅人)「そっか、分かってもらえてよかったよ。でも先に言ってもらえた方がよかったんだけどな。」

(花道琴羽)「あら、何を勘違いしているのかしら?あなたが好きだと言ったのは本当よ?」

(葉場雅人)「どうだか…」

琴羽の告白を疑っている訳ではない…否、二割程度は怪しいかと考えてしまっているのだが。とはいえ、少なくとも今日を告白の日に選んだのはこの特選クレープカフェを食べたかったからで間違いないだろう。
琴羽は甘党だ。女性というのは概して甘い物が好きな傾向にあると妹から聞かされたことがあるが、それを考慮しても琴羽のそれは飛び抜けていた。


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(花道琴羽)「安心して、葉場くん。あなたの分のクレープパフェは責任を持って私が食べるわ。」

(葉場雅人)「食いたいなら食いたいって言えばいいのに…」

(花道琴羽)「あなたの分のクレープパフェを食べたいわ。」

琴羽はずんずんと雅人の手を引いてクレープ屋の前まで来た。その目に映っているのは特選クレープだけだ。

(花道琴羽)「このカップル限定のクレープパフェを2つ貰えないかしら。」

(葉場雅人)「は、はぁ…カップル、ですか?」

(花道琴羽)「出来ないというの?私たちは間違いなくカップルよ?」

(店員)「し、失礼致しました!少々お待ち下さい。」

店員が怪訝そうな顔で何度か雅人と琴羽の方を見たが、慌てた様子でそれ以上は何も言わず、すぐに調理に取りかかった。その様子を見ていた雅人はそっと琴羽に耳打ちをした。

(葉場雅人)「ちょっと、花道。」

(花道琴羽)「何かしら?」

(葉場雅人)「後で謝ってやれよ。」

琴羽は雅人のその言葉に怪訝そうに首をかしげた。

(花道琴羽)「どうして?私たちはカップルでしょう?」

(葉場雅人)「いや、まぁ、そうだけど…明らかにそうは見えなかっただろ。疑われても仕方がないんだって。」

(花道琴羽)「そうなの?でも嫌だわ、疑われるの。折角一世一代の告白というものをしたというのに。」

クレープのためにな、という言葉をぐっと飲み込むことが出来た雅人はこっそり心の中で自分を褒めた。
放課後だからだろうか。周囲を見渡すと、この時間帯の店内はやはり混み合っており、仕方なく二人は外のオープンテラスに座った。

(葉場雅人)「店員さんも大変だな…こういうのってカップルかどうか判断するのなんて実際出来ないしさ。」

(花道琴羽)「そうね。客がそう言い張ったら違うとも言えないでしょうし。」

(葉場雅人)「分かってるんだな…」

(花道琴羽)「分かってはいるわよ。でもカップルであることを疑われるのは嫌だったの。」

琴羽は雅人から視線を反らす。その頬はほんの少しではあるが朱に染まっており、それに気付いた雅人も何となく気恥ずかしさを感じ、同じく視線を反らした。

しばらくして店内から二人分のクレープパフェを持った店員が出てきた。それは妙な空気になってきていた二人にとっては救世主に感じられた。

(店員)「お客様、お待たせ致しました!こちら『今が旬のフルーツたっぷり特選クレープパフェ』になります。」

どうやら先程の店員のようだ。

(花道琴羽)「あなた。」

(店員)「は、はい!何でしょう?」

(花道琴羽)「先程はどうも強く言い過ぎてしまったみたいだわ。ごめんなさいね。」

(店員)「いえ!こちらこそ不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。ごゆっくりどうぞ。」

店員はそう言うと深々と頭を下げ再び店内の方に戻っていった。

(花道琴羽)「…言っておくけれど。」

琴羽は運ばれてきたクレープパフェを口に運びながら、雅人を睨むようにして言った。

(花道琴羽)「別に悪いと思った訳ではないわ。」

(葉場雅人)「いや、それは思えよ…」

(花道琴羽)「あなたに嫌われたくないから謝ったのよ。」

その言葉に雅人は頭を抱えざるを得なかった。前から琴羽はこういうことを軽く言ってしまうタイプではあったが、一応付き合っているという手前、今まで通り軽く受け取ることが難しい。

ふと思い出したように手を止めた琴羽は、鞄から財布を取り出しお金を渡してきた。

(花道琴羽)「美味しすぎて、すっかり忘れるところだったわ。」

差し出してきたお金を数えると、一人分のクレープパフェの代金のようだった。

(葉場雅人)「別にいいよ、奢るって。」

(花道琴羽)「私、例えあなたでもこんなことで借りを作りたくないの。」

琴羽はそう言ってから少し口元に手を当て考えるような仕草をして、「ごめんなさい。」と付け加えた。

(花道琴羽)「言い方が悪かったわね。葉場くんとはずっと対等な関係でいたいの。」

(葉場雅人)「えっと、それならさ。今度お薦めのお菓子でも分けてくれよ。ほら、いつも部室で食べてるの、名前何だっけ。」

(花道琴羽)「グラブジャムンのことかしら?あれはおそらくだけれど、あなたには甘すぎるわよ。」

確か世界で一番甘いお菓子だとか何とか、以前琴羽が説明していたような気がする。

(花道琴羽)「でも、まぁ…そうね。本当は誰にも分けたくないのだけれど、葉場くんの頼みなら少しくらいなら分けてあげてもいいわ。」

(葉場雅人)「ああ、楽しみにしてる。」

結局琴羽の分のお金も支払い、雅人の分のクレープパフェも半分程は琴羽の胃の中に消えた。

帰り道、折角だからと雅人は琴羽を家まで送っていくことにしていた。

(葉場雅人)「(そう言えば家の場所も知らなかったな…)」

(花道琴羽)「葉場くん。ここが私の家なの。」

琴羽は一軒の家の前で足を止めた。

(花道琴羽)「今日はとても楽しかったわ、ありがとう。」

雅人は彼女のその口角が少し上がっていることに気が付き、思わず目を反らしてしまった。しかし琴羽の方は目線を反らす気配がない。

(花道琴羽)「ここまで付き合ってもらった後で悪いのだけれど、私、あなたの気持ちを聞いていないわ。」

(葉場雅人)「…さっき自己完結してたじゃないか。」

(花道琴羽)「あなたの口から聞きたいのよ。私に聞かせて、あなたの気持ち。」

ちらりと琴羽の方を見ると、その頬は先程とは比べものにならない程朱に染まっており、その目は不安からかどこか揺れているように見えた。

(花道琴羽)「葉場くん…」

(葉場雅人)「…俺も花道のこと好き、だと思う、多分。でも正直これが友達としての好きなのか恋人としての好きなのか、今は分からないんだ。」

(花道琴羽)「そう…ありがとう、正直に答えてくれて。私、あなたのそういう正直なところも好きだわ。それにね、葉場くん。」

琴羽の顔がゆっくりと近づいてきて、雅人の唇に柔らかいそれの感覚が押しつけられた。

一瞬が永遠のように感じられた。激しい動悸に苦しさを覚え始めた頃、その柔らかさは離れていった。

(花道琴羽)「付き合ってから始まる恋というのもあると思うの。だからきっと、あなたももっと私のことを好きになるわ。」

(葉場雅人)「…」

(花道琴羽)「また明日。教室で会いましょう。」

先程の不安に揺れていた表情は幻だったのかと思う程にあっさりと、琴羽は家の中に入っていった。

(葉場雅人)「何だかなぁ…」

残された雅人はしばらくの間、中々収まらない火照りをごまかすようにその場で宙を仰ぐ羽目になったのであった。


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