恋愛小説

取られたくない彼女~短編恋愛小説


夕食で使った食器を洗い、水切りカゴに並べていく。夫婦茶碗とおそろいの箸。おかずの乗っていた大皿、副菜用の小鉢。

「あ、カスミちゃんだ」

全て洗い終え、タオルで手を拭いたところで、リビングから達也の声が聞こえた。

「やっぱ可愛いよな〜。脚も細くてキレイだし」

達也の隣に腰を下ろし、テレビを見ると、彼の好きな女優が、バラエティ番組にゲスト出演していた。間も無く公開される映画の宣伝だろうか。

「うっわ、やばいだろこれ」

続けて登場した女芸人はレオタード姿で、身体のラインが丸分かりだった。お世辞にもスタイルが良いとは言えず、その丸みを帯びたシルエットに、達也は絶句していた。

「この人、最近よくテレビ出てくるね」

「いや〜、この体でテレビ出ちゃいかんでしょ!公害だわ」

最近人気が出てきたこの女芸人は、自虐ネタが面白い。女の私としては少し共感できる部分もあって、好感をもっていた。しかし達也は、彼女の自虐ネタを見下すように笑っていた。

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達也と付き合って、もう何年になるだろうか。

仕事に一生懸命で、年配の方や子どもにも優しくて、男友達からも信頼されていて。私は外見よりも、どちらかといえばそういった内面の部分で達也に惹かれた。付き合って何度かデートを重ねているうちに、達也が太り気味の人に厳しいなと感じるようになった。男女問わずだ。

同棲する許可をもらいに、互いの実家に行った際に、達也の卒業アルバムを見た。中学、高校は、今の達也がそのまま幼くなった感じ。なかなか見せたがらない小学校の卒業アルバムを無理やり奪って開いたとき、今と別人のような丸いフォルムに、一瞬言葉が詰まった。同姓同名の別人かと思ったほどだ。

「ほっぺた落っこちそう。かわいいね」と必死にフォローしたのを覚えている。

達也の話では、生まれつきぽっちゃりしていたそうだ。食いしん坊、という訳でもないのに、何故か肉付きがよく、幼い頃はよく体型をからかわれた。それが悔しくて、中学生になってからは部活動に打ち込み、必死に減量したらしい。生まれつきだと半分諦めていた体型が、努力で変わった。それ以来、太っている人を見ると、昔の自分を見ているようで腹が立つのだそう。

「脂肪がついてるやつは、そういう堕落した生活送ってんだよ、努力を怠ってるんだよ」
それが、達也の口癖だった。

私も、どちらかといえば太りやすい体質だ。油断するとすぐに腹が出てくるので、食事の量に気を付けている。が、今はその、油断しているときだ。

春に着ていたカーディガンも、今は暑くて着られない。しかしそれを脱げば、ぷにぷにの二の腕が顔を出す。脂肪を服で隠せなくなってきた。そのうち、達也は海やプールに行こうと言い出すだろう。そろそろ、対策しなくては……。

達也が寝静まった後、スマートフォンで「ダイエット」と検索する。小さな画面の中に、情報が溢れかえっていた。

リバウンドが少ないことで有名なパーソナルジム。に、通うような時間やお金はないし、そもそもストイックな運動や食事制限は私の性格上あわない気がする。

では、自宅でできる簡単エクササイズ?

いや、以前やってみたが3日も続かなかった。テレビを見ながら、家事をしながら、という「ながら」ですら続かない私にできるダイエットはあるだろうか……。

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検索バーに「ダイエット 簡単」とワードを追加して、再検索する。画面に羅列される文字の中で、「3日坊主でも続く!」という言葉が目に留まった。そのページを開くと、ダイエットの成功体験ブログだった。そのブログの主も私と似て運動が続かないタイプらしかった。

読み進めていくと、結局はサプリメントで痩せたらしい。そのサプリメントについて詳しく書かれたページへ進むと、目立つ文字で値引きがアピールされていた。

「……うさんくさ」

今なら3箱9000円のところ3000円、実質1箱分のお値段です、と。2箱分もタダにできるなんて、もともとそんなに高いサプリメントではないのではないか。
こんな商法に騙されてたまるかと、その日は画面を閉じ眠りについた。

翌日の昼休み、社員食堂の券売機に並んでいると、同期のマキに声をかけられた。

「マキ、久しぶりだね。なんか痩せた?」

お世辞でもなんでもなかった。服の上からでもウエストのくびれが分かるし、スカートから伸びる脚もシュッとしていて、足首まで綺麗だった。そんなマキは、がっつり唐揚げ定食を注文している。

「え、嬉しい!半年くらい前からダイエット始めたんだよね〜」

そう言って、席に着くや否やポーチから薬のようなものを取り出した。それを飲み込んでから、「いただきます」と食事を始めた。

「もしかして、ダイエットってそれ?」

「運動もしてるよ!健康的に痩せたいからね。ガリガリ過ぎても気持ち悪いじゃん。これは、糖質と脂質の吸収を抑えるサプリメントだよ」

一口にサプリメントと言っても、様々な種類があるようだった。

「ちなみに、それっていくらくらい?」

「1袋800円くらいかな。1日3食で3回飲んで、1週間で1袋飲み切るくらい」
と、いうことは1か月でおよそ3200円だ。私はマキに、昨日見たブログの話をした。

「あまりにも値引率大きいとさ、怪しいって思っちゃうんだよね」

「わかる。初回だけ安くて、続けるにはお金がかかったりね。でもまあ、効果あるならその値段でもよくない?」

エステ通うよりは安いしね、と言ってマキは笑った。確かに、と言って私も笑った。

「ものは試しだよ。合う合わないもあるしね。私、これの前に違うサプリメント飲んでたけど、あんまり効果なくて、今のこれに乗り換えたんだ〜」

マキが以前飲んでいたのは、満腹感を与えるタイプのサプリメントだったらしい。食事前に飲むことで、食事の量を抑えられるのだとか。でも結局、食事を目の前にすると、残すのは失礼かなと思って食べちゃうんだよねぇ、と言いながら、マキは唐揚げの最後の1つを大きな口で頬張った。美味しそうに食べる彼女は、とても幸せそうだった。

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仕事を終え、帰宅してからも、マキが美味しそうに唐揚げを食べる姿が忘れられず、今夜のおかずは唐揚げに決まった。

タレに漬け込んで、達也が帰ってきたら揚げるだけの状態に仕込んでおく。揚げたてを食べてほしくて、「何時に帰ってくる?」と連絡したのとほぼ同時に、玄関から「ただいま」と声が聞こえた。

「うまっ。やっぱ揚げたてが一番だな」

「今日マキがお昼に食べてて、私も食べたくなってさ」

「マキちゃんて、同期だっけ。久しぶりに聞いたな」

食事をしながら、今日の出来事を話した。久しぶりに会ったマキが痩せていたこと。サプリメントを飲んでいたこと。

「達也、中学の時に減量したって言ってたじゃん。運動だけで痩せたの?」

サプリメントに頼るなんて……と言われないか、恐る恐る尋ねてみると、達也は武勇伝を語るかのように意気揚々と当時の話をしてくれた。

「運動がメインだったけど、プロテインも飲んだりしたよ。筋肉ついたら代謝が上がるから、効率よく脂肪燃焼できるんだよ。牛乳で割って飲んでたから、その時期一気に身長も伸びてさ」

「中学生だと、ちょうど成長期だしね」

「それな。今思うといいタイミングでダイエットしたわ」

プロテインとサプリメントでは違うのかもしれないが、嬉しそうに話す達也を見て、ほっとした。どうやらそういった類のものを飲むことに否定的ではないようだ。

「マキを見てたら、私もそういうの飲んでみたいなって思ったんだけど……」

「そのサプリの名前とか聞いた?」

「あ、聞いてない。でも、いろんな種類があるから、自分に合うやつを……とか言ってた」

「後で、ネットで見てみるか」

達也はどこか楽しそうだった。私が何か始めるとき、一緒になって楽しんでくれる、そんなところも好きだと改めて感じた。大皿に最後に1つ残った唐揚げは、お礼の意味も込めて、達也に譲った。

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私が食器を洗っている間に、達也はノートパソコンを立ち上げ、インターネットに繋いでくれた。洗い終えてリビングに戻る頃には、もうすでに何かを調べていた。

「見てこれ、やばくね?脂肪が溶けるサプリだって」

達也が見せてくれた動画は、有名なコーヒーショップの甘いドリンクをボウルに移し、そこにサプリメントを入れ、泡だて器でかき混ぜていた。みるみるうちに生クリームが溶けて水になった。

「すごいね、これ飲んだら体内で脂肪を溶かしてくれるってことでしょ?」

「臓器とかに影響ないのかな、これ。胃に穴が開いたりとか……」

「やめてよ、怖いって!」

2人で1つの画面を覗き込んで、あれこれ話をする。マキが言っていた通り、ダイエット用のサプリメントで検索するとたくさんの商品が出てきて、正直どれを選んだらいいのか分からなかった。効果はもちろん、値段もピンキリだった。

ふと、「便秘改善」という言葉が目に飛び込んできた。どんどん下にスクロールしていく達也にストップをかけて、マウスの主導権を代わってもらう。

そのサプリメントは腸内環境を整えるもので、腸を活性化することで健康的に痩せやすい体にするというものだった。便秘で悩んでいたこともあり、そのサプリメントに惹かれた。

第三者である達也にも冷静な目で見てもらい、理論も理にかなっているし、値段も良心的、体内に悪影響はなさそうだと判断し、購入を決めた。

「どうせなら、目標決めよう」

達也の提案で、8月11日の山の日に、大型プール施設へ行くことが決まった。

そのサプリメントは、翌々日には届いた。逸る気持ちで箱を開けると、ネットで見たのと同じパッケージが4つ現れた。

1週間で1袋、まずは1か月のお試しセットだった。思っていたより小さく、コンビニで売られている小袋のお菓子くらいだ。朝と晩の1日2回、1回で3粒服用。1袋42粒入り。袋の上部にジッパーが付いており、カバンに入れて持ち運ぶには便利だった。

朝は飲み忘れる心配があったので、1袋はカバンに入れっぱなしにしておいたが、正解だった。朝はいつも会社に着いてから、お茶でそれを流し込んだ。夜は寝る前。そうして忘れずに飲み続けて1週間もすると、毎日快便で、それだけで体重が減り、ぽっこりしていた下腹がすっきりしてきた。

こうなってくると、もう少し引き締めたいという欲が出てきて、腹筋を始めた。ベッドの隙間に足を突っ込んで固定し、膝を90度に曲げ、ゆっくりと上体を起こす。恥ずかしくて1人でやっていたのだが、すぐに風呂上りの達也に見つかった。

達也は引いたり笑ったりせずに、「手伝おうか?」と言って足の甲を押さえてくれた。1人でやっているときは10回しか続かなかったが、達也が数えてくれたら20回できた。

寝る前の腹筋が日課になり、日に日に続けてできる回数も増えていった。達也の助言で、上半身を倒したり起こしたりする動きにひねりを加えるようにしたら、心なしかくびれもできてきた。アスリートのようにバキバキに割れた腹筋とまではいかなかったが、それなりに引き締まってきた頃に、8月11日を迎えた。

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大型プール施設は遊園地内にあり、アウトレットモールも隣接していることもあって、駐車場どころか、高速道路を降りるところから渋滞していた。何とか空いている駐車場を見つけたが、目的地からは離れており、プールまでかなり歩いた。どうせプールでは脱ぐからと思ってヒールを履いてきたことを後悔した。

更衣室に入ったときには汗だくで、水着が肌にくっつき、着替えるのにかなり時間がかかってしまった。

ロッカーの鍵を閉め、外で待っているであろう達也の元へ急ぐ。ダイエットに夢中で水着を新調するのをすっかり忘れていたため、付き合い始めた当初に着ていた水着だが、達也は気付くだろうか。ダイエットに成功したこの身体について、何か言ってくれるだろうか。高鳴る胸を深呼吸で抑え更衣室から出ると、駐車場の車に負けないくらい人であふれかえっており、プール内は芋洗い状態だった。事前に話しておいた、目印となる時計の下に達也の姿を見つけ、手を振って駆け寄った。

「ごめん、遅くなって。どのプールから入る?スライダー行く?」

「日焼け対策とかいいのかよ?」

「ラッシュガード持ってきてるけど、更衣室に置いてきた」

「取ってこいよ」

目も合わせずに言う達也に、むっとする。せっかくダイエットしたから、見てほしくて、わざとラッシュガードは置いてきたのに。

「日焼けして肩痛くなっても知らねえぞ」

「日焼け止め塗ったもん」

「いいから取ってこいって」

「なんでそんなムキになってんの?!」

私までムキになってしまった。達也は一瞬怯んだように、言葉を詰まらせた。はあっと大きなため息をひとつついたのち、小さな声で言った。

「他の奴に、お前の身体見せたくないんだよ」

そう言ってふいっと顔を逸らした達也の頬は、ほんのり赤く染まっていた。

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