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数学と恋愛~短編恋愛小説


いつだってそうだ。

彼女は漫画の主人公のように皆の輪の中心で笑っていて、何度もスカウトされるくらい可愛くて頭も良くて運動も出来て、でも何処か抜けていて。

そんな君が何故か数学オタクのクラスでも馬鹿にされてる僕に話しかけてきた時は、いじめられるんだと少し構えたんだ。

いつもの憂鬱な水曜に学校に行くと、勿論君を含むイケイケグループの人達が僕の席を鞄で占領していて、僕が行くと置きやすいからとまたわかりやすい嘘をつくんだ。

毎日毎日、分かりきってるから僕は何も聞かずに机の横に鞄を掛けてクラスの保健委員の人に「調子悪いから保健室へ」と言って、保健室へ行くと先生は分かった顔してロッカーを開く。

ロッカーの床に置かれた段ボールをずらすと人ひとりが這って行けるほどの穴が。

僕は慣れた手つきで保健室の椅子に制服の上着を掛けると、這いつくばい中に入る。

ここは僕がたまたま知ってしまった秘密の場所。学校の設計上階段がある下のスペースで普通はガラ空きになっているらしい。

だがその当時の校長が面白がって階段の下の周りを全てコンクリで囲い、扉は作らず、人ひとり入れるほどの小さな穴を隣の教室から入れる様に作ったそうだ。


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これを知ったのは入学式。

式の最中で具合が悪くなった僕がたまたま保健室へ行った時に先生が這いつくばっているのを発見。それから1ヶ月ほどして、今のようにイケイケグループが僕の机を占領し始め僕は仕方なく保健室へ行った。

その際に、式の最中に何をしていたのかと保健室の先生に聞くと、「知られてしまったなら仕方ない。着いてきなさい」と言い、ここへ僕を連れてきた。それが君に出会った日から六か月前だから、君に出会ったのは1年の秋。

階段の下だから階段を上る音は丸聞こえ。

だけど僕が使うのは皆が授業をやっている時。ほとんど音はなく、ただ一つポツンと机が置いてある奇妙な部屋だったが数字に触れることだけが好きな僕からしたら1番心地のいい部屋だった。

窓も無い部屋は僕を世界から取り残していく感覚がある。世界の騒音から離され僕はやっと心が落ち着くんだ。親兄弟の雑音もイケイケグループの猿のような声も、何も無い。あるのは僕の大好きな数字達だけ。

その日も秘密の教室で1人持ち込んだ紙と鉛筆で数字に触れる。

思考を巡らせている最中、ロッカーの開く音がした。

先生かな?と一瞬思ったが、いいや、そんなはずはない。先生は僕が入っている時は入ってこない、後何分で出て来いなどとメールをしてくるだけだ。

誰かがロッカーの段ボールに入ってる水を授業で使うため取りに来たのだった。

一瞬の迷いが仇になりその日初めて僕は先生以外の人に秘密の場所がバレた。

それがこんにちはと笑う君だったんだ。

僕は君のことを誤解していた。可愛くて、頭も良くて、運動もできて、人間はそうまで上手く作られてはいない。きっと君は性格が悪いんだと。だから僕はその時すごく焦って声が上ずっていた。

「な、ななんの用だ!」

震えた声に君はくすりと笑い、「何かやっていたなら邪魔はしないから続けて」と、僕に優しく、良いい秘密の場所を土足で踏み荒らす。

気にせず書こうと書いた数字は震え、思考は完全に停止。全ての考えがいじめられたらどうしようというものに変わり、ガリガリと芯はいつもとは違う音を立て、僕はモサモサとした長い髪を耳に掛け、鉛筆を支える手を掴み震えを止めようと必死になった。

君はそんな僕の不自然な鉛筆の音に気づいたのか、僕の数字達をじっと見つめる。

そして「それなに?」と不思議そうに僕の数字に指を指す。

「πとeはそれぞれ無理数だけど、これらを足した“π+e”が有理数なのか無理数なのかということはいまだに分かっていないから、それが分からないかなぁと思って」

僕の緊張するとよく出る癖、急に早口になって捲し立てるように喋る癖、皆がキモいと離れるこの癖に一切見向きもせず、君は微妙な顔をし、ふぇんとなんとも言葉にならない声を発するんだ。その時は知らなかったけど君は良く顔やその他諸々に出るタイプだから僕の話は微妙だったんだよね。

でも僕は知らないから焦って焦って話し続けた。数学の楽しさ、数の美しさ、図形の面白さ、解けた時の爽快感。全部話した時、僕は我に返って君の方を初めて見た。

そうしたら君は「面白いんだね!」と関心したように僕の手を掴んで笑う。

僕が驚きのあまり声を失うと、もっと聞かせてと君が言うから僕は急に嬉しくなって話した。時には身振り手振りで、時には紙に書いて、まるで世界が二人だけのものになったみたいな感覚。、いやあの日、あの時、あの時間、あの瞬間は、きっと僕ら二人だけの文字だったり、言葉だった。

それから君は何度も来た。また話を聞かせて、と。だから僕はそれに応えて何度も話した。

数学の知る限り楽しいことや辛いこと、面白い話もスッキリしないもやもや話も。

話しているうちに君の性格も少しは分かっていっているつもりだった。

二人で話している時、君は必ず僕の欲しい言葉を言うんだ。こんなにも楽しい会話は初めてで、毎日話のネタは尽きなかった。
そんな時間が忙しなく過ぎていき二ヶ月がたった冬、君が珍しくボソリと弱音を吐いたんだ。

「いっそ数字になれたらなぁ」

単純明快数字に憧れる気持ちは分かる。僕も幼い頃数字になれたら全て分かるものだと思い一時は憧れた。

だけどそれとは全く違う意味合いを含むものだって国語力のない僕でも分かったよ。君は最近クラスで輪の中心にいない事に。

どうしたか聞いても言わないんだよね。君は変なところで意地っ張りだから。

その日も君のその言葉に引っかかりながら僕はそのまま話を続けた。君も再び楽しそうにしていたから安心していたんだ。

次の日、いつもの場所に向かう足は早足で、二倍速がかかったように早くなる足に落ち着けと唱えながらいつもより早く保健室の方へ着くと階段の方で声が聞こえた。

何か揉めているような声で、僕は急いで音を立てないように保健室から階段の下の秘密の場所へ行き耳をすませた。

その声の主は教室の笑い声の主、イケイケグループの中心核っぽい女の人と何人かの多数の声で、君の声も聞こえた。

その内容は今でも忘れられない。

「何でお前最近あの算数オタク庇うんだよ。キモイんだよ。お前もオタクも」

君が最近クラスの中心にいなかったのは根暗なオタクを庇ったから。数学オタクの僕と一緒に居るから。君の暗い表情の原因は僕だったんだ。

気づいた時はショックを通り越して、君に申し訳なくて僕は暫く君に関わらないようにすることに決めた。

僕が君に関わらないようにしたため、最初の頃は君も不思議そうに何度も保健室に着ていたんだってね。ついこの間知ったよ。
だけど避ける僕に君は段々話しかけるのも、保健室に行くのも秘密の場所に行くのもやめた。

それでいいんだ。そう思って僕は最初の僕へ戻った。君を知らない、君も僕を知らない君へ戻るんだ、それでいい。僕は君の笑顔を見ていられればそれでいい。

その時はそう信じて2年生もやり過ごした。

そのうち君もクラスの中心に戻り、僕も教室の隅で君以外で出来た友達と話すようになり接点は完全に無くなった。


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だけど3年になり行われたクラス替えで初めて君と離れ、顔も見ることが出来なくなった。

もやもや、何だかなんとも言えない感情は生まれて初めて経験するもので、2年の時に出来た友達にその感情を聞いてみたんだ。

驚いた。病だって聞いた時は。それも一生無縁だと思っていた恋の病。、それは僕のような根暗がなっちゃいけないものだから。

僕は必死に君への感情を断ち切ろうとした。だけどダメだった。

この数式ばっかりは解けないってそう気づいたから、解けないなら忘れようとした。けどダメだ。僕は解けない問題は忘れられない。

だけどまた君の顔から笑顔が消えるのは見たくないんだ。だから僕は生まれて初めてわからない問題を封じ込め忘れると決めた。

それから卒業式まではあっという間だった。

大学は志望大の推薦が取れ、文化祭では裏方の仕事で多くの人と接し、友達も増えだけどますます君の事が忘れられなくなった。そんな時はあの時話した未だ解明されない数式を考えることにして、君のことを必死に忘れようとした。

そうして時は流れ卒業式の前の日、僕は長いモサモサした髪を切った。これで根暗の印象は払拭できると思ったからの行動だったけど、卒業式の日は大変だった。

女の子達が凄くいっぱい来て、今まで僕をバカにしていた女の子もいっぱい僕の連絡先を聞いてきた。だけど怖くて、なにかの罠じゃないかと怖くて僕は逃げ出してつい、秘密の場所に隠れた。

保健室の先生は卒業式の日は居なくて、あの先生が辞めるから卒業式に出席していたことを後後知った。

ロッカーを開けて急いで段ボールを避けて入る。間一髪、女の子達は先生方に卒業式会場へ連れていかれた。

久しぶりに入ったその場所は埃を被ったくらいで他は変わりなく、あの時から時が止まったようだった。

机の上に置いてある雑な数式の紙は紛れもなく二年前の僕のもので、キラキラと舞った埃がうっすらとしか光らない古い蛍光灯に照らされ何だか不思議な空間に変わっている。

僕を探す校内放送は無視して、僕はあの時置いて忘れてしまったお気に入りの鉛筆を触る。

大好きだった数学を大学でも研究出来ることよりも君にもう二度と会えない悲しみの方が余程大きかったのは何故か、未だ僕は解明できていない。

あの時封じ込めたわからない問題もその埃っぽい部屋ならわかる気がして僕は久しぶりに机に腰掛けお気に入りの鉛筆を紙に走らせた。

あの君に会った瞬間の動揺は何処へやら僕の芯の走りは快調、なんとも心地の良い音を立てる鉛筆と久しぶりに触れた大好きな数字達。前のようにもっさりと長い髪はもう無いのに癖で耳にかける仕草をしてしまう。

階段があるんだろうなとわかりやすく低い天井も切れ掛けの蛍光灯も全部二年経っているのに変わらない、変わってない。

人間の心が数式に表せたら僕はきっと君とこうはなっていないだろうと言葉にする。あまりに小さい声に自分でも笑ってしまう。

あの時あんなにも世界の音が消え、取り残されていく感覚にさせた静かな部屋も、なんだか居心地が悪い。

いつの間にかこの部屋で君に会うのが普通になっていたから、こんな時でも考えるのは全部君のことだったんだ。

安いコンクリートの隙間から覗く日光に照らされ透ける色素の薄い長い髪も、飾らない笑顔も、嘘のない話も、全部が新鮮だった。

君が初めてだった。

僕の話に笑ってくれるのも
面白がって興味を持って聞いてくれるのも
僕に笑顔を見せてくれるのも
僕の話に共感し過ぎて感極まって泣いてしまうのも
僕に弱音をみせてくれるのも
全部君が初めてだった。

でも初めてだったから忘れられないわけじゃなかったと思う。

僕はいつでも君が大好きだから、大好きだったからどんな数式よりも。

夢のような日々だったと思ってた。もう二度と訪れないものだと。

そんな時、また扉が開くんだ。

「やっぱり、よかった。今度は会えたね」

そう言って涙ぐむ君が立ってる。走って探してくれたのか息を切らした君がそこに立ってる。

こんな僕を笑うかなぁ、君に会えただけで幸せなんだよ。

君は前と変わらないねと笑って僕はガリガリと鉛筆の音が変わる。嬉しくて手が震えてる。

でも初めて会った時と同じように笑う君の声が震えていて、思わず僕も涙ぐんだ。

だけど君の方へ歩いていくと君に抱きしめられて、すぐに僕の中で君への愛おしさが涙に勝ったんだ。

もう一生訪れないものだと思った空間がここにある、そう思っただけで当時の僕は嬉しかった。もう二度とできないかと、思った話を君はもう一度聞かせてと笑う。

華々しく”卒業おめでとう”と書かれたピンを付けたまま、二年前の1年の時、あの時のように照れくさそうに数学の話をする僕に君が耳まで真っ赤にして勢い良く言った逆プロポーズも忘れてない、だって普通言うのは男の僕の仕事だから。

「きっと君を幸せに導くから、ずっと一緒にいて下さい。」

真剣に、耳まで赤くする君に真っ赤になりながらのプロポーズ、君のこちらこそって返事は世界一幸せな答えだと僕は思うよ。

純白のドレスに身を包む君を抱きしめた時、きっとあの時分からなかった数式がやっと解けたんだ。どんな数式よりも難しかった恋の病とやらの数式は君に会えて、君と結ばれた今ようやく解けたよ。

弱虫な僕が生まれたその意味はその答えは、きっと意地っ張りな君に会えて愛を誓ってようやく、完成したんだ。


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