日常系小説

リセット~日常系小説


財布をどんなに覗き込んでも、出てくるのはレシートと小銭ばかり。

やっと見つけた現金は全部で327円。あと2週間、娘と私と夫の食費と日用品代をこれで賄わなければならない。

無理だ…どうやっても無理だ。私の食事を無くしても、家族分を賄うことなど出来やしない。

夫…トオルからは月初めに食費と日用品代として1万円渡されている。1ヶ月これでやりくりしろと…。足りなくなっても私は口座から金を下ろすことは出来ない。私の給料も、夫の給料も、金の管理はすべてカードを握っているトオルがやっている。

だからと言って、生活費が足りなくなってももらえるわけじゃない。

何故ちゃんと出来ないんだ、足りないのはお前がしっかりしてないのが悪いと罵倒され、蹴るか殴るかされて終わる。

テーブルに置かれた327円を見つめて、私は呆然としていた。

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「ママ、お腹すいた」
か細い声で娘のマミが言った。

もう4歳になるのに、他の子たちよりも体が小さい。満足に食事が出来ていないからだ。

「マミ、ごめんね。もう少ししたらご飯作るから…」

「ねえ、ママ。お金…無いの?」

テーブルの上の小銭を見て、子供ながらに察したようだ。

「ママ、うちは貧乏なの?」

どこで覚えて来た言葉なのだろう。こんな小さな子供にまで心配されるなんて…。

共働きなので、我が家の世帯収入自体は悪くない。ただ、典型的なDV夫のせいで生活が困難を極めているのだ。

逃げればいい…多くの人はそう思うだろう。だが、私一人でマミを大学まで通わせることは不可能だろう。両親が他界した私には、頼れる人はいない。

たった一人でマミを育て上げるのは難しいという現実がある。

「貧乏じゃないよ。マミは心配しなくていいからね」

そう声をかけると、マミは私にしがみついて甘えるように笑った。

その日の晩、私はトオルに食費が欲しいと直談判し、案の定殴られた。トオルは顔や首は殴らない。いつもバレないように衣服で隠れる場所を殴る。

眠ろうとしても、身体中が痛くて眠ることすら出来ない。

真っ暗な部屋の中で、私は泣いた。

何故こんな目に遭わなければいけないんだろう。

どうして、私の人生はこんな風になってしまったんだろう。

7年前、トオルと出会わなければ…私には違う人生があったのではないか。

隣で寝息を立てるマミの寝顔を撫でながら、今の私にとって、唯一の幸せはこの子の存在だけだと噛み締める。

やり直したい…この人生を。

あんなDV男ではなく、違う人と結婚してマミと幸せになる人生を歩みたい…。

この人生、リセットしたい………

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「奥さん…アユミさん。お困りのようですね」

唐突に声がした。思わず布団から跳ね起きると、窓のそばに白い服を着た美しい青年が立っていた。

泥棒…には見えない。一目見ただけで、この世の者とは思えない異質さを感じた。

「あなたは、誰ですか…?」

「あなたの願いを叶える者です。人生、リセットしたいですか?」

何故私の望みを、彼は知っているのだろう…天使?それとも悪魔?分からない。

でも、彼は私の望みを叶えることが出来るという……

「したいわ…もっと過去に戻って、すべてやり直したい。やり直して、もう一度マミを産んで、マミと幸せになりたい」

「叶えましょう。しかし条件があります」

青年は静かに言って、私のそばにしゃがみこんだ。

「一つ、あなたの寿命を削ります。二つ、今の記憶を持ったままやり直してもらいます。三つ、あなたの行動で他人の未来が変わります。それでも良いですね?」

「えぇ、良いわ」

青年が大きく頷いた。私は、隣で眠るマミの頬に軽くキスをした。

大丈夫よ、マミ。少しだけお別れするだけだから…ママと幸せになろうね。

心の中で呟くと、意識は次第に薄れていった。

目が覚めると、そこは実家にある私の部屋のベッドだった。懐かしい机やポスター、新しい学生鞄と壁に掛けられた制服…。

どうやら私は高校一年生の春から人生をやり直すことになったらしい。

下の階からは、私に朝食を促す母の声が聞こえて来る。私は急いで制服に着替えて用意をすると、下の階への駆け降りて行った。

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今は亡き両親が、おはようと声を掛けてきて涙が出そうになる。でも、泣いてなどいられない。朝食を食べながら、私はどんな高校生活だったかを思い出していた。

昔からアニメや漫画が好きだった私は、所謂オタク女子だった。化粧やファッション、流行りのドラマよりも、オタク友達と毎日のようにアニメの話をしていた。

いつの時代も、アニオタを気持ち悪がる人は一定数いる。私や友達のオタクは、そういった人達に目を付けられて、いじめられていた。卒業まで、いじめられっ子同士傷を舐め合いながら過ごしていた。

この時に、私の優柔不断さや気の弱さが成形されたのだと思う。まずはここから変えないといけない。

朝食を食べ終えて、母の化粧道具を拝借して軽く薄化粧をする。記憶が残ったままなので、メイクは難なく出来た。

家を出る前にカレンダーで日付を確認する。

4月10日…入学式から2日ほど経っていた。

学校に着くと、クラスメイトのほとんどがもう教室にいた。懐かしい顔ばかりだ。教室の片隅に、昔仲良くしていたオタク友達のカナコちゃんとヒロミちゃんがアニメ雑誌を広げていた。当時の私なら、すぐに飛び込んで行っただろう。

でも、今度の人生は違う。机に鞄を置いて周囲を見ると、クラスのボス的存在だったサオリがいた。

垢抜けた美少女の周りには、同じグループの女子や男子がいて、テレビ雑誌を見ながら流行りのドラマやバラエティについて笑いながら話している。

私は何気なく彼女らに近付いて、声を掛けた。

「あ、このドラマ面白かったよね。この俳優さん、夏に映画にも出るらしいよ?」

するとサオリたちは、そうなの!?どんな映画!?と甲高い声をあげて興味を示した。

私にとっては過去のヒット作…彼女らが飛び付きそうなネタはいくらでも持っている。

初日にして私は、クラスの中心とも言えるグループの仲間入りを果たしたのだ。

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新しい人生の高校生活は、昔とは真逆の生活となった。

勉学に勤しみ上位の成績を維持。サオリたちのように教師に好かれ、恋愛や流行に敏感なグループに属していじめられないようにする…私は自信がついた。

成績の良かった私は、東京の有名大学に入学した。私にとって、初の大学生活だ。

ここでも私は、勉強やサークル活動に尽力し、交遊関係を広げた。良い企業に就職するためだ。

私の努力が実り、有名企業に就職することができた。これでトオルと結婚することは無くなった。私はここで、安定した収入のある高学歴の優しい男と結婚し、マミを産んで幸せになるんだ…。

就職して数年、私は同じ部署のタカシさんという営業マンと結婚した。彼は頭が良くてとても優しく、上司に気に入られている有望株だった。

順風満帆。あとはマミの存在があれば完璧…。

そして入籍から一年後、私は妊娠した。タカシさんは泣くほど喜んでくれて、この人となら私とマミは素晴らしい人生を歩めると確信した。

お腹はどんどん大きくなる。病院に行くたびに、先生からは「順調ですね」という言葉をもらい、出産が待ち遠しくなった。

妊娠6か月の検診には、夫のタカシさんも同行した。診察室で腹部にジェルを塗り、エコーを見ると、赤ちゃんが元気に動く姿が見えた。タカシさんは感動の声をこぼしていた。

「あの、先生。性別はもう、分かるんでしょうか…?」

唐突なタカシさんの言葉に、私は驚いた。何を言っているの?この子は女の子…可愛い私のマミなのよ?と。

先生はエコーを見つめて、小さく唸り…微笑んでこう言った。

「そうだね…うん、男の子だね。ほら、ここにちゃんと付いてるでしょ?男の子だねぇ」

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一瞬、何を言っているのか分からなかった。何を言っているの?男の子なわけないのよ…有り得ない。この子は女の子。マミなんだから…。

「嘘よ…男の子なわけないわ」

「アユミ、どうしたんだい?」

「有り得ない。この子は女の子よ。私のマミなのよ?女の子なの…マミを産むのよ。マミじゃなきゃ意味がないの!」

その後、どうやって家まで帰ったか記憶が無い。私は寝室に寝かされ、リビングで姑と電話をしているタカシさんの声を遠くに聞いていた。

詳しい内容は分からないが、私がマタニティブルーになっているかもしれないという話だった。

マタニティブルーなんかじゃない…。私はマミを産まなきゃいけない。マミと幸せになるためにやり直したのに、どうして私からマミが産まれて来ないの…。涙が溢れそうになった、その時。

「アユミさん、お久しぶりですね」

懐かしい声がして、窓の方へと顔を向けた。あの時と同じ、白い服の青年が立っていた。

私はゆっくり起き上がり、彼を睨み付けながら低く言った。

「ねぇ、どういうこと…?やり直したのに、どうしてマミは産まれて来ないの?」

「マミちゃんは、あなたとトオルさんの子です。タカシさんと結婚してもマミちゃんは産まれて来ることが出来ない」

「何よ、それ…トオルと結婚しないと、マミに会えないの…?」

「そういうことになりますね。どうします?またやり直してみますか?」

悪魔の囁きだ。だが、私は頷く。

マミと幸せになるためなら、私は迷わない…

次の人生でも同じように就職まで進んだ。だが、これからが問題だ。私はトオルとの間に子供を作らないといけない。マミを産むために…。

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この頃トオルはバーテンダーをしていた。店は繁華街の中にあるショットバー。

一番最初の人生では、高卒で就職した私が成人してすぐに先輩に連れていってもらい、そこで酔い潰れてトオルに介抱されたのが出会いだった。

仕事が終わった後、私はバーに行った。

「いらっしゃいませ」

若いトオルがカウンターの中から声をかけてきた。促せるままカウンターの端に座り、カクテルを注文する。相変わらず愛想は良い。

ここで何らかの接点を持って交際まで行かないと…と思っていたその時。あるものが目についた。

左手の薬指に着けられた指輪…

「あの、結婚されてるんですか…?」

思わず、聞いてしまった。トオルは照れ臭そうに笑って頷き優しい声で言った。

「はい。半年前に同業者の方と結婚しまして…。嫁さんも少し前まで店に来てたんですけど、妊娠したのが分かったので休ませてます。立ち仕事は妊婦に良くないんで」

なんということだろう…トオルがすでに結婚して、しかも子供が出来ているなんて!

これではトオルと結婚して子供を作るなんて無理だ。またやり直すしかないのか…いや、他の方法がある。

結婚しなくても、子供は作れる…。

私はバー通いをし、トオルと親密になった。店以外でも会うようになり、私たちは不倫関係になった。罪悪感は無かった。マミを産むための通過点に過ぎない。

やがて私は妊娠し、トオルと別れた。一人で産み育てる…それでも良いと思えた。

経過は順調で性別は女の子…予定日通りの安産だった。

これでマミと幸せになれる!マミが産まれて来てくれた!

だが…産まれたばかりの赤ちゃんを見て、愕然とした。

これは、マミじゃない…。マミが産まれた時の顔をよく覚えている。これはマミじゃない、マミじゃない違う女の子だ!

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分娩室で泣き叫んだ私は、強制的に個室に入院させられ、経過観察をすることとなった。

夜になっても絶望感で眠れない…もう一度やり直すべきか…。

「また、マミちゃん産めなかったんですね」

あの白い服の青年が、病室の片隅に立っていた。

「ねぇ、どうしてなの?私とトオルの子なのに…なんでマミが産まれて来てくれないの?」

「マミちゃんに限らず、子供は奇跡の確率で産まれて来るものです。あなたが最初に産み、育てたマミちゃんをもう一度産みたいなら、もう一度奇跡を起こすしかないんですよ…」

涙が溢れた。もう二度と、マミに会えない。ママと呼んでもらえない…そんなの堪えられない。
私はなんとしてでも、もう一度マミのママにならなきゃいけないのだ。

「……もう一度、やり直します」

「あなたの寿命を削っているんですよ?良いんですか?」

「構わない。マミを産むまで、私は何度でも人生をリセットする。寿命が無くなるまで、いくらでもやるわ…」

青年は不気味に微笑んで大きく頷いた。彼は悪魔なのだ…そうに違いない。私は悪魔に魂を売ったのだろう。

それでもいい。

命尽きるまで、娘のために私は人生をリセットする。

何度でも…何度でも……

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