恋愛小説

幼なじみの再会~短編恋愛小説


「新入生代表、エルザ・アザーロヴァ」

全力を出し切った、高等科への編入試験―――主席は自分ではなかった。

それは別にいいのだ。この学園への編入を決めたのは、今名前を呼ばれた彼女のためだったのだから。

まあ、悔しくないといったら嘘になるが!あくまで試験は手段であって、目的ではない。
遥か遠くにいる彼女―――エルザ・アザーロヴァを見つめながら、ため息をこぼした。

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僕と彼女の関係は、一言には言い表しにくものだった。

僕、イリヤと、彼女は同じ孤児院で育った孤児だ。そして、兄妹同然に育った。

その彼女は8歳の春、突然孤児院から養子に貰われていくことになった。

会うのは8年ぶりなので、顔を忘れられていないだろうかと少し心配だった。

「………はい」

少し間を空けて、少女が点呼に答えた。椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。真剣そうな表情で、前を見据えている。無駄な動きひとつ見当たらない。

周りの生徒たちが、たった一人の少女の雰囲気に呑まれる。

しかし、国随一の学園だけあって、ある程度の常識を弁えている人間ばかりのようだ。一瞬の静寂のあと皆我に返ったように前に向き直った。

下世話な話にならなくて良かったと本気で思った。初等科に通う頃から、僕の従兄弟を通じてエルザの様子を知っていたから尚更そう思う。

婚約者のいない、ということになっているエルザと、誰が一番に結婚を申し込めるか。
成人が近づくと、婚約の話ばかりになる。どこの令嬢が可愛いだとか、従順そうだとか。逆らわなさそうだとか。

中等科の頃は本当に『そういう話』が絶えなかったのだが、さすがに今この場に、そのような生徒は残っていまい。

編入試験でさえかなり厳しかったのだ。内部進学は相当な難易度だと聞かされている。
エルザは一礼して壇上にあがった。

「柔らかく、暖かな風に舞う桜とともに、私たちは国立アザーロフ学園の門をくぐり、入学式を迎えることとなりました。
本日は、このような立派な入学式を行っていただき、ありがとうございます」

花が咲くように少女が笑みをこぼし、挨拶の言葉を述べる。

成長した彼女も、やはり美しい。幼い頃から変わらない、鮮やかな黄金色の妖精の羽のように柔らかい髪はそのままに、年相応に大人のレディーへと成長していた。

「新入生代表、1年総代…エルザ・アザーロヴァ」

最後にそうしめくくれば、盛大な拍手に包まれる。

「やっと、会えた」

小さく、誰にも聞こえないように呟いた。

8年前のあの日、伝えたかった言葉があった。だから僕はここまでこうやってやってきたのだ。

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**8年前**

「本当に、行くのか」

8歳の誕生日の翌日のことだった。幼馴染で大事な妹であるエルザが、孤児院を出て養子に貰われていくことになった。

なにも珍しい話ではない。金はあっても子供が手に入らない夫婦もいれば、婚約者として一から育て、きちんとした教育を施すために子供を欲する場合もある。

後者の場合は、純粋な感情からの養子縁組とは言いがたく、孤児院側も渋ることもしばしばなのだが。なにせ理由が理由だ。いくらなんでも自分勝手すぎる。

なのになぜか、今回に限ってはうまく話が進んだらしい。一体どうやって彼女を説得したのか、それはわからないが。

この孤児院では、大体10歳くらいまでにはどんな子供でも養親に迎えられ、新たな家族ができる。どんな事情が裏にあるにせよ、それはきっと喜ばしいことなのだ。

本当なら彼女の門出を喜び、祝ってやるのが兄としての勤め―――のはずである。
何人もの家族をそうやって送り出してきた。
だから必然的に、彼女とも別れる日が来ることなど知っていたのだ。

「……うん」

だというのに、その門出を喜べない自分がいた。

だからエルザの気を引きたくて、『そんなに嫌なら、行かないわよ』という彼女のたった一言が聞きたかった。

いつもと様子が変われば、彼女はきっと僕のことを気にしてくれる。いつもそうだった。

彼女の気を引きたいがために、具合の悪い振りもした。食事を取らないときもあった。そうやって、彼女の気を引いた。

言葉で『行かないで』と伝えられなかった弱虫な僕にとって、唯一の意思表示だったのだ。

前も、養子縁組の話がエルザに来たことがあった。しかしそのときも僕は、同じように行動を起こした。

『イリヤ、体操来なかったのね…。お腹、痛かったの?』

『ごはん、食べないと心配するわよ?』

彼女はいつだって、僕のことを心配してくれていた。そして、最後には、いつも養子縁組を断ってくれた。

『…しょうがないんだから、イリヤは。こんなできの悪い弟がいるんじゃ、私いつまで経ってもここを離れられないじゃない』

そう言って。

だというのに、今回に限っては、どうしてかエルザの意思は揺るがなかった。

もう何度目の問いになるかわからない。それでもめげずにエルザに尋ねる。どうか考え直して欲しいとばかりに、懇願する。

「ほんとに、ここを出てくのか」

言える言葉は、それだけだった。口が裂けても、『行かないで』なんて言えるわけもない。

「しつこいな」

行かないで欲しかった。ずっとそばにいて欲しかった。それができる環境に僕らはいたのだ。なのにどうして、彼女はそれを良しとしなかったのか。

思いはひとつだと思っていた。僕がエルザと一緒にいたいと願っていたように、きっと彼女も僕の隣にいることを望んでくれているとばかり思っていたのに。

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「しつこい?そりゃあそうだろ。だって僕はお前の兄……痛い!?」

イリヤの言葉は途中で遮られた。何か鼻先を硬いものが掠めていったような気がする。

「馬鹿ね。無用心」

けらりと妹は笑う。もっとも、妹といっても血縁関係などない。年も同い年。ただ拾われた日が、僕のほうが数日早かった。ただそれだけだ。それだけの理由で、ここ数年僕はイリヤの兄という立場にいる。

もっとも、うちの孤児院がそういう経営方針なだけである。彼女はいつも僕のことを『出来の悪い』弟だというけれど。
どっちが上か、下か。くだらないようで、すごく重要なことなのだ。

「あと、今兄って言おうとした?結局学校の成績で、わたしに勝てたことのないイリヤが?」

「ぐぬぬ……。お、俺のほうが年上だからな!仕方ないだろっ!」

「なによ。生意気に俺とか言っちゃって!いつもどうり僕って言ったらどう?強がってるの丸見えなんだから」

ぐうの音も出ない正論だ。近くにある初等学校に通い始めてから早2年、何においてもエルザに勝てたためしがない。

いつも負けるのは僕で、いつも勝つのはエルザだ。正直、僕は五分五分の引き分けだと思っている。いや、そう思いたい。

決して、実力が開きすぎてて比べ物にならないとか、そういうのではないんだからな!

「エルザ様、そろそろお時間が……」

ふと、エルザの隣に控えていた女がエルザにそう言った。

「……ん、そうね」

「おいエルザ、話はまだ終わってない!」

「あのねえ、話聞いてた?もう時間がないって言ってるでしょ?もう8歳なんだから、聞き分けてよ」

抗議の声をあげたが、すげなくあしらわれた。これじゃあどっちが下かわかったもんじゃない。

勿論、俺のほうが偉いに決まっているのだが!

「そっちこそ、僕の意見なんてまるで聞いてないみたいじゃないか!それが8歳のやることかよ!?」

「ええまあ、聞いてなかったもの」

「酷い!?」

あまりにも雑な対応に、イリヤは目を丸くした。

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ここ数年で彼女の対応もかなりなものになっていた。親しくなっているというよりは、面倒そうにあしらわれているような気さえする。

だが、彼女はほかの家族に対してはそんな対応をしないから、きっと本当の家族のように思ってくれているに違いない。……違いない。

「ほら。いつまでダダこねてるのよ」

「だってお前が」

「はい、うるさいうるさーい!もう、ホントアンタって最後まで面倒くさい男よね。女々しいったらありゃしない」

人を小ばかにするように、エルザは鼻を鳴らして罵ってきた。

しかし、いつも通り小憎たらしいだけの彼女の表情が、少しだけ陰った気がした。

ほんの一瞬、刹那の時間だった。ただそれだけのことが、なおも言いつのろうとしていた僕の心を折りにかかる。

「…………」

本当に、彼女は今回の縁組を喜んでいるのか、途端にわからなくなってしまう。確証のない不安に、胸を締め付けられた。

「なによ辛気臭い顔してさ。何も死ぬわけじゃないのよ?」

馬鹿なの、と疲れたように、エルザはこぼす。本当に?と尋ねたい。けれどそれはできなかった。

彼女はなごりおしそうに微笑んでから、
「もう、行くね。遅くなると大変だから」
まるで迷いを断ち切るように、そう言った。

「おい……っ」

慌ててイリヤはエルザを止めようとした。おかしい。おかしいのだ。何かが―――。

「じゃあみんなも、元気でね?大丈夫、ちゃんと幸せになるからさ」

強がりみたいな言葉だった。エルザはもう、僕のほうなんて見ていない。見ようともしない。そこではじめて、違和感に気づく。

彼女は、本当は引き止めて欲しいのだと、気づいてしまった。

「エルザ、」

縋るように名前を呼んだ。けれど彼女は、こちらをちらりと一瞥するのみ。その視線に一瞬寂しげな色が映った。

けれど次の瞬間には僕に背中を向けて職員やほかの兄弟姉妹に別れの挨拶をしている。

「無視するなよっ」

「ちょっと。なんなの?もう時間ないんだからアンタにばっかりかまってるわけにいかないんだけど?」

苛立たしげにとがった声。先ほどまでとは違う、冷え切った目。本気で僕に怒っている。

さきほどまでは、いつもと同じ彼女だった。突然変わった態度に、焦りが生まれる。

―――いったい僕は、何をした?。

「ねえ、どいて」

僕は自分の失態を痛感する。もう遅いのか。間に合わないって言うのか。

あの一瞬。彼女と視線が交わったあのとき。

僕は、なぜ『行かないで』の一言を言うことができなかったのだろう。彼女はきっとそれを望んでいた。

行動で示すのではなく、僕の言葉を待っていたに違いないのだ。

でも、どうして言えなかったのか。その理由もわからないまま、彼女は黒塗りの車に乗り込んいなくなってしまった。

それが、最初の後悔だ。
けれどそれだけでは終わってくれなかった。

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彼女がいなくなってから、半年過ぎた。行き場のない怒りは手紙にこめた。二日に一度ありったけの罵詈雑言を書いたエルザ宛の手紙は、結局一度しか返事がないままだ。

その手紙ですら、エルザが書いてくれたのかはわからない。同封されていた手紙には、エルザは楽しくやっているので、もう連絡しないで欲しいと簡潔に書かれていた。

勿論破り捨てた。そしてエルザの手紙は、先生に没収された。

『エルザのことは忘れなさい』

意味がわからなかった。理解したくもなかった。

だから、うろ覚えの住所に手紙を送り続けた。返信は、勿論なかったが。きちんと届いたのかすら、わからない。確かめる手段なんてなかった。それ以降返信が届いたことなどなかったのだから。

僕は外へ遊びに行くことなく、孤児院の中にこもりがちになってしまっていた。エルザがいないのなら、家の中だろうが外だろうが景色は変わらない。

世界が色褪せて見えた。なにもかもがつまらなくて、面白くなくて、まるで死んだように、その日その日を暮らしていた。

「イリヤにーちゃん、大変だー!」

夏の日の朝だった。起床のベルが鳴った直後、あまりの暑さに二度寝を決め込んだ僕の元に、一人の妹が駆け込んできた。

「……ん、なんだ。リカ」

「ちょ、にーちゃんおきてってば。超大変、なのっ」

どれだけ急いでここまで走ってきたのだろう。リカは息を切らして、汗だくだった。

「大変?なんだよ、世界でも滅ぶのか」

僕は、またどうせたいしたことないんだろうな、と思いながら寝転がったままあくびをかみ殺す。

どうせならこんな世界滅んでしまえばいい。

「そんな簡単に世界はほろびませんー!あのねあのね、外に黒い車が止まっててねー!」

「っ!」

―――黒い、車。

僕はその単語を聞いた瞬間、彼女のことを想像した。

「どこだ、それ」

タオルケットを蹴飛ばして、跳ねるように身体を起こす。

リカの肩を掴み、尋ねる。

「……え、えっとぉ……」

さっきまで寝転がってあくびをしていた人間がいきなり起き上がったもんだから、驚いたのだろう。リカは目を丸くして、面食らったように言い淀む。

「どこだって聞いてるだろ?どこに止まってる?」

今まで何人かの家族を送り出したとき、どの車も色鮮やかな高級車だった。けれどエルザのときだけは黒の車だった。なんの面白みもない、黒いだけの車。

まるで葬式みたいで、僕は好きじゃない。

けれど彼女と連絡が取れない今、残された手がかかりはそれだけなのだ。

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「……父さんが、とめるとこ」

やっと我に返った彼女は、少し悩んでから、そう言った。

「サンキュリカ!この借りは必ず返す!」

後先考えずに部屋を飛び出した。

父さん―――親のいない僕らにとって父親に近い人―――はちょっとズボラで、横着をする人だ。

そんな彼は、来客用の駐車場に車を止める。なにせそこは来客用だけあって、正面玄関から近いのだ。

そして、そこを通るには職員室の前を通り過ぎなければいけない。ここは大人がたくさんいて、苦手なのだ。

いつもなら用などないので、避けて通っている。

なにせここの大人は信用ならない。エルザと連絡が取れなくなったときも、頼りなかった。

『きっと新しいおうちが楽しくて、忘れちゃったのね』

楽しいだと。彼女を少しでも知っていれば、そんな戯言言える分けないのだ。

なにより、彼女の養親となった家庭の連絡先すら、破棄してしまっていたのだから笑えない。

どうも先方が、こちらとの連絡を避けたいらしい。一度だけエルザから届いた手紙も、もう取り上げられてしまったため手元にはない。

気持ちはわからなくはない。実際、よく考えればわかる話だ。

環境が変われば里心が沸く。何かあるたびに、前の場所での楽しかったことを思い出す。
環境を比べ、嫌なところが目に付くようになって、うんざりし始めたらもうおしまいだ。だからそうならないようにしているのだろう。

だが、そんなことのために引き裂かれた僕らの身にもなって欲しい。最初、エルザはそもそもこの話に乗り気でなかったのだ。断ろうとさえしていた。

だから、いきなりあんなことになって、驚いたのだ。僕も、他の家族も。

僕たちという家族がありながら、他を選ぶような少女ではなかったから。

「今回は本当にありがとうございました。……アザーロフ様」

聞こえてきたのは、父さんの声だった。驚きのあまり立ち止まる。いったい誰と話をしてるんだろう。

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「頭をあげてください。あと、そんなに畏まらないでください。あくまで僕は父の代理ですから」

相手はどうやら、同い年くらいの少年のようだった。エルザと同じ鮮やかな金髪の少年。

愛想のよさそうなその態度も、どこか彼女を連想させる。父はへりくだった様子で「そんなわけには…」とかぶりを振った。なおも続けて言う。

「本当によろしかったのですか?普段の何倍もの寄付金をいただいて」

寄付金。つまりうわさどおり、この男は金で子供を売ったのだ。ぞっとしない。背筋を冷たいものが流れていく。

「えぇ。なにせ僕の愛しい婚約者の、唯一の頼みごとですから。僕としても、叶えないわけにはいきません」

婚約者。まだ10にも満たない、僕と同世代くらいの少年。きっと貴族の子供なのだろう。

「あの子は、ここが大事なようでしたから。例えその身を犠牲にしたとしても、この孤児院を守りたかったのでしょう。
僕個人の感情としても、彼女の実家に等しいこの場所がなくなるのは忍びないですしね」

「………本当に、アザーロフ様のお力添えがなければ。重ね重ね、感謝してもし足りません」

それにしても、あの少年の婚約者とはいったい誰なのだろう。姉妹で養子に貰われていった子は、多くが物心つく前に貰われていくはずだ。

僕らくらいの年頃になると、貰い手はつきにくいし、育ちが育ちなだけに敬遠されがちになる。

「……つか、あいつ。この間、来てなかったか?」

ふと、そこでようやく思い出す。金髪の少年。どこかで見たことがあると思っていた。

会ったことはない。見かけただけだ。だから忘れていた。

もうここまで来たら最後まで話を聞くしかない。車の件は後回しにしよう。僕はそのやり取りを盗み聴きすることにした。

「本当にあの子には感謝してもし足りません。この孤児院のために、自分の意思をまげてまでここを出ることを選んだんですから」

たわいのない世間話の後に、父はそんなことを言って再度少年に頭をさげた。少年はそれを見て、沈痛な面持ちで目を伏せた。

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「……そうですね。彼女には本当に申し訳ないことをしたと思っています。できれば成人まで待ってあげて欲しいと、父に嘆願したのですが……」

―――自分の意思を曲げてまで?

父の言葉に、心臓が止まってしまいそうなほど衝撃を受けた。いや、いっそのこと止まってくれたなら。

この半年間、僕が彼女にしでかしてきた罪が許されるだろうか。

彼女は僕らを捨てたんじゃない。周りの人間が、無理やりに捨てさせたんだ。

「いえ、仕方のないことです。あなた様のようなお方の配偶者となる人間に、経歴に傷があってはいけませんし」

「父も同じことを言っていました。でも僕は、彼女がどんな家の出身でもかまわなかったんです。たとえ親がいなくても、彼女自身がすばらしい人であれば」

少年は、まるで彼女に恋をしているかのように僅かに頬を赤らめて俯いた。

「父も彼女がいかに素晴らしい人間かわかってくださっています。でも同時に、今のエルザの環境では、彼女が腐ってしまう。
しかるべき教育を受けさせるべきなのだとそう言っていました」

理不尽かつ身勝手な理由だった。今すぐ胸倉を掴んで、殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られる。けれどそんなことをしたところで何になるというのだ。

わかってない。お前らごときに、彼女の素晴らしさの、一端ですら理解できるわけがない。なにもわかっていないくせに、わかったふりをして。

それが彼女の怒りを買っているんだ。どうしてわからない。どうして理解しようともしない。

馬鹿だ。あの少年も、父も。

そして僕も。

ずるずると全身から力が抜けていく。動けない。動けなかった。エルザの心を無視した僕が、いまさら一体何ができるというのだろう。

否、なにもできるわけがない。だから、ここから動くわけにはいかないのだ。

*****

2度、自分の無力さを嘆いた日からもう8年が過ぎた。僕はすっかり大人になった。

ようやく彼女の隣にいれるだけの人間になれたような気がする。

この8年、できるだけの努力をした。勉強詰めの日々、本当の家族との生活。語るべきことは多いが、今は割愛してかまわないだろう。

結果として、僕はようやく彼女とともに学園生活を送る権利を得た。円満な家庭を築いているはずの彼女が、なぜ全寮制の学校を選んだかは知らないが。

そんなことは、僕としては瑣末なことだった。

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入学式が終わって、廊下にクラス分けが張り出されていた。よく見ると、エルザの少し下に僕の名前を見つける。

同じクラスになったのだ。嬉しさで踊りだしてしまいそうだったが、踏み止まる。ここはお坊ちゃまお嬢様が通う学校だ。

奇妙な行動は浮く。慎まなければならない。

と思うのに、心は正直なようだ。

後日、学園内でスキップをしていた生徒がいたという噂が流れていた。まことに遺憾ながら正体は僕である。

だって仕方ないじゃないか。こんな広い、1年だけでもクラスが8クラスもあるマンモス校なのだから。
もはや同じクラスになれる確率などほとんどないはずなのだ。

浮き足立ったまま、自分のクラスまで早足で駆けていく。嬉しかった。

「エルザー!久しぶりー!俺のこと覚えてる!?」

だから興奮のあまり、教室に入るなりそうまくし立てた。

エルザは入り口近くの一番前の席に座っていた。俺の大声に顔を上げる。

「……なにか、用ですか?」

怪訝そうな声。あれ、あんまり歓迎されてないのだろうか。

「覚えてる?8年位前なんだけど」

「!」

瞬間、面白いくらいにエルザは肩を震わせる。

「……知りません。あなた、誰なんですか?」

「あれ」

思ったのと違う反応に、首を傾げる。

とぼけているというよりも、本当に忘れているようだった。

それとも他人の空似、なのだろうか。

「あの、もういいですか」

「……えっと、」

「それと、イリヤ・ゲイルくんですよね?気軽に人の名前、呼び捨てにしないでもらえますか?
友達でもないのに」

―――友達でもないのに。その言葉に、心臓をナイフで抉られたかと錯覚するほど胸が痛くなった。

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「あの、俺……」

「そろそろホームルームが始まります。席につかないと、減点になりますよ」

どこまでも他人事のように、エルザは言い捨て、本に視線を戻した。

それきり、僕の存在に頓着している様子は見られない。困ったなぁと思いつつ、急に居心地が悪くなってきた。

なにせあれだけ盛大に声をかけておいて相手は知り合いですらなく、赤の他人だったのだから。

肩透かしを食らった気分だった。ため息もこぼれ出る。

やがて担当教師が現れたようで、ホームルームも始まった。

「はじめまして、一年間君たちを担任します、セルジュ・アザーロフです」

現れた青年は、どう見積もっても僕らと同世代の少年のような外見をしていた。金髪碧眼が彼女を連想させる。

「待てよ…アザーロフ?」

エルザの苗字はアザーロヴァ。この国では同じ家族でも男と女で苗字が変わるらしい。

嫌な予感がする。言い知れぬ不安を胸に抱え、セルジュを睨む。しかし、目線が合わないため本人は気づかない様子だ。

どうか杞憂であって欲しい。そう思った瞬間、真横の席に座るエルザが本を取り落とした。

「……は?」

突然の出来事に、僕だけでなく、クラスメイトたちも戸惑っているらしかった。

「アザーロヴァさん、どうしましたか?」

「お義兄さま……?」

セルジュはなんでもなさそうな顔で涼やかにそれを流す。対してエルザは、困惑したように、立ち上がる。先ほどまでの彼女とは雰囲気がまるで違う。

なにかに怯える子供のようだ。

「エルザ、」

「いえ……、ひ、人違いのようですわ」

しかし、次の瞬間には、取り乱しつつも落ち着いた様子で謝罪した。

「そうですか。では、席についていいですよ」

「……はい、すみませんでした」

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ホームルームはつつがなく終わった。その日はホームルームのあとは寮の案内があるらしいと誰かが喋っているのが聞こえてくる。

僕もそれに習って体育館に移動しようとしたが、ふとあることに気づく。学生証を兼ねているIDカードを教室に忘れてきてしまったのだ。

それがなければ寮に入ることはできない。面倒だが教室に取りに戻るほかないだろう。

また3階まで登らないといけないのだと考えるとげんなりするが仕方ない。

ため息を吐いて、教室まで戻ることにした。

「どういうことですか!?話が違いますよね!」

強気な言葉が、3階の僕らの教室から聞こえてきた。相当大きな声だ。入学式早々修羅場か。面倒なことになったかもしれない。

それにしても、女のほう、なんだか聴いたことのある声だ。

「落ち着きなさい、淑女がはしたない真似をするものではないよ」

「これが落ち着いていられますか!?私、あなたと婚約したときに約束していただきましたよねっ?覚えていますか?」

「馬鹿にしないで欲しいな。僕だってそれくらい覚えているよ」

修羅場というほど緊迫したものでもないようだ。女が、婚約者の男に怒って怒鳴り散らしているようだ。

お嬢様学校なのに、随分やんちゃな子が混ざっているようだ。ウチのクラスじゃないといいなあ。

「じゃあ言ってください。今すぐ、さぁ早く!」

鬼気迫る勢いで、女が詰め寄る。男は、「えぇと…」などと対応に困っているのだろう。明らかに押され気味で、言い負かされそうになっている。

「……『君が学園を卒業するまで、接近しない』」

一瞬の逡巡ののち、男は思い当たる節があるようで、あぁ!と声をあげそう言った。

「ええ!そうです。ではこのザマはなんですか?どうしてお義兄さまがうちの学校にいらっしゃるんですか?!」

「……忘れてたって言ったら、怒るかな?」

「怒る!?もう怒ってますよ!もう、私の完璧な作戦が台無しじゃないですかっ!」

悪びれる風もなく、男が開き直ると、女はもうヒステリックに近い勢いで詰め寄る。

「それはすまないと思っている。でもね、エルザ。よく聞いてほしいんだ」

「……イリヤの話なら、聞きたくないです。聞きませんからね」

少女―――エルザは、まるで知っていたかのように先回りして拒絶した。

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「あ、やっぱり。教室でも意識して避けてるようだったからね。でもどうして?前みたいに仲良くしたって構わないんだよ」

「いいえ。私はもう、イリヤのことなんて嫌いですから。嫌いな人間と、どうして関わる必要が?」

冷たい、声だった。彼女は僕のことを忘れたのではない。思い出せないわけでもない。嫌いになって、だからあんな態度をとっていた。

僕だけが知らなかったのだ。

「………」

そう思うと急速に足もとが崩れてしまいそうな錯覚を覚えた。

ここに来るまで、きっと会えば感動の再開が待っているのだと思っていた。でもまさかそれが勘違いだったなんて。

しかし断言したエルザに、セルジュが食い下がっているようだった。義兄様マジナイス!敵だけど。

「本当にそうなの?僕はあの子、結構いい子だと思うけれど?」

「義兄さまは、何も知らないから……っ」

「あはは。そうだね、でもこれから知っていける」

その言葉に、驚いたようにエルザが目を見開く。

「義兄さま、最近変わりましたね。好きな人でもできましたか?」

「えっ、えっと……」

女子のように頬を赤らめ、セルジュはエルザから目を逸らした。

「まあ……。ん、そうだね」

どこか照れくさそうな態度。セルジュのエルザに対しての態度。―――まさか、と嫌な予感が胸をよぎる。

「ちょ、ちょっと待ったァー!」

気づけば二人の前に割り込む形で躍り出ていた。

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「……イリヤ?アンタなにやってんのよ」

「えっと、イリヤ・ゲイルくん?」

二人同時に名前を呼ばれた。しかも片方は教師に。

「あの…イリヤでいいです。それか旧姓の名前で呼んでください」

「そうなの?あぁ、君も孤児院出身だったね」

妙に納得顔で頷かれて、わかったよと言って貰えた。

ゲイルとは今俺が世話になっている家で、父親の生家に当たる。

5年ほど前に、父親が迎えに来て、跡取りとして家に引き取られた。

だが、悪いが俺は父親の跡を継ぐ気なんてさらさらない。

元々孤児院に捨てたのはその父親だというし、自業自得もいいところだ。

まあ、エルザの家と同じ階級だから、学校へ通うために利用させてもらったが。

「ではイリヤ君、盗み聞きは感心しないな。エルザ……アザーロヴァさんと一緒に反省文を出すように」

「反省文?!なんで私まで…っ」

セルジュが笑顔でそんなことを言って、エルザは信じられないといわんばかりの剣幕でセルジュに食って掛かった。

「クラスも同じなんだし、教室は完全下校時間までに閉めてくれれば使ってかまわないからね」

しかしセルジュはそんなことお構いなしといった様子で、僕に鍵を渡してきた。

「よろしくね、イリヤくん」

「…え、はい……」

優しい微笑みを浮かべつつ、そんなことを言われてしまえば頷く他ない。

結局、放課後の教室でエルザと二人、原稿用紙とにらみ合いっこをすることになった。

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「……ねえ、エルザ」

教室は施錠されていただけあって人気がなかった。
部活棟とは場所が離れているから、先輩たちがいるようすもない。
たぶん、セルジュは僕とエルザに話す機会をくれたのだ。

「時間ないんだから、話しかけないで」

「8年前のこと、悪かったと思ってる。なにも知らなかったんだ、僕」

「だから聞いてないって、そんな話。もう終わった話でしょ?」

エルザは原稿用紙から顔を上げようとしなかった。

「私とイリヤは、8年前にちゃんとお別れしたの。だから兄妹でもないし、家族でもない。赤の他人。もう終わった関係」

どこまでも平行線に、エルザは淡々と言う。

「違う?」

「……違うよ、少なくとも僕は終わったと思ってない」

「そ」

短く頷いて、エルザはペンを走らせる。

「聞いて欲しいんだ、君に」

「聞きたい話なんかないわ。アンタもさっさと作文書いたら?」

冷酷に、残酷に彼女は僕を拒絶する。それが当たり前のことだ。8年前、半年くらいにわたって僕は彼女に手紙を書いた。

でもそれは、出て行った彼女に対する罵倒の言葉を連ねたものだった。

「ずっと、ずっと謝りたかったんだ。だからここに、この学園に入学した。
大変だったけど、君に会うことができるならどんな苦労だって耐えられる。そう思った」

「………」

聞いてくれているだろうか。彼女は机の上の紙を眺めたままだから、聞こえているかはわからないが。

それでも、言いたかった。少なくとも彼女に、知って欲しかった。僕の思いを。

この8年間ずっと、伝えられなかったことを。

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「エルザ、君自己犠牲が過ぎるよ」

「……なにそれ?」

エルザは、そこで初めて顔を上げてこちらを見た。

「なに、言ってるの?自己犠牲って、なによそれ」

「聞いたんだ。君がいなくなってから、初めて知った。
君は、僕たちの孤児院を守るために、養子に行ったんだ」

「………なによ、それ……。なんでイリヤがそんなこと知ってるの?誰から、聞いたの……」

呆然と、間の抜けた顔でエルザはこちらを見つめる。

「ねえ、教えなさいよ!誰から、聞いたのよ!!」

きつくにらみつけられ、その眼光に一瞬怯む。

「聞いたわけじゃない。盗み聞きしたんだ。君の……セルジュ先生と、院長が、話しているところを」

「また盗み聞き?……そう、聞かれちゃってたんだ。義兄さまはおっちょこちょいなんだから」

「わかってくれた?なら、そんなに睨まないで欲しいな。正直怖い」

「そうね。誰かがバラしたならソイツのことシメなくちゃいけないと思ってたけど」

誤解だとわかってくれたみたいでほっと息を吐く。

というかさりげなくめちゃくちゃ怖いこと言ってなかったか、今。

「で?それを知ったからって、今更何ができるって言うの?私を助けられるわけじゃないくせに」

「……っ、それは…」

言葉に詰まってしまう。彼女の言葉は正論だった。作戦はある。だが僕だけでは成り立たないものだ。

「言いなさいよ。どうせろくでもない考えなんでしょうけど」

「セルジュ先生に協力を仰ごうかと思ってたんだ。だってエルザみたいな女の子、つりあうのは僕みたいな男だけだろうし」

8年前、セルジュ先生は、子供ながらに自分の境遇を嘆いていたのだと思う。

なにせ婚約者に選ばれた女の子は自分に心を開いてくれず、会話さえ成立しない反抗期真っ最中の子供だったのだから。

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「は、言ってなさいよ。義兄様は優しい方よ。結婚したいとは思わないけど。
だって義兄様には好きな人がいるんですもの」

「あ。やっぱり?そうだと思ってきちんと作戦を立ててあるんだ。…でも、その前に謝らないとだね」

僕は席を立ち、まっすぐエルザを見据えた。

「どうしたのよ、改まって」

「何も知らなかったとはいえ、僕のしたことは許されるものじゃないと思う。だからきちんと謝りたい。
ごめん、エルザ。……ごめんね」

「なっ、い、今更謝られたって…っ」

エルザは明らかに狼狽した様子で、慌てて首を横に振る。

「わかってる。謝って許されることじゃないってことくらい」

「ち、違うわよ!馬鹿!」

「……え、えっと。エルザ?」

その態度に僕が傷つくのはおかしい。そう思った。なのにエルザの様子がなんだかおかしい。

「違うの!だから、えっと……私、別に怒ってなんかないわ。怒ってない。全然」

「どうして?」

「どうしてって、悪いのは私だから。イリヤは何も悪くないでしょ?」

本心からそう思っているようだった。イリヤは驚いて目を丸くする。

「婚約と養子縁組の話を持ちかけられたときね、本当は嫌だったわ。うん、確かに嫌だった。
だけどね、孤児院の中じゃ見られない景色だとか、いろんなことを学べるって思ったら、ちょっとだけ気が楽になったわ。
それに、私孤児院の危機を救ったヒーローってことになるでしょ。それが、ちょっとだけ楽しそうだなって思ったの」

まるで子供のようにエルザはその夢物語を語った。

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「出て行く日、イリヤは私に何度も『行くのか』って聞いてくれて、苦しかった。
あぁ、私はヒーローなんかじゃなくて、皆を捨てて行っちゃう悪人なんだなあって!」

「それは、僕が知らなかったから!」

「院長先生はね、最後まで反対してたのよ。こんな話、受けるべきじゃないって。子供が幸せになれないことなんて、あっちゃいけないんですって」

「……嘘、だろ。あの人、そんなこと言ってなかった…」

今度は僕が驚く番だった。

「言えるわけないわね。だって、イリヤは言ったところで信じる?私が養子になるときに条件をつけたって。
10年くらい前から、うちの孤児院結構子供が増えたでしょ?でも、国営じゃないから、院長先生のお金で経営してたの。
それでも先生は孤児院を閉めるわけには行かなかったから、子供を養子に出し始めた。
すると縁組した家から、寄付金をもらえるようになったの。わざわざ孤児院にまで来て養子を望むのはそれなりの理由があるから、口止め料も含まれてたかもしれないけど。
で、8年前、アザーロフ本家から、孤児院に女の子の養子が欲しいっていう相談が来た。
年は当時8歳。成績優秀で、容姿端麗で、人懐こくて、おとなしい子が欲しいって。
そんな子、実子だって都合よくいるわけないのにね」

嘲るように笑いながらエルザは続ける。

「でも、たった一人だけ条件に合う子供がいた。それが私。あいにくとおとなしくなんかなかったけど、それでも院内で一番頭が良かった。
頭がいいってことは、理解力があるから、拒めないって踏んだのね。わざわざ資金難を盾に、私に話をしてくれた。
すぐに私は条件を出して話を受けることにしたわ。どんなことがあっても、資金の援助を続けること。金額を倍にすること。
将来、もし義兄様がふさわしい人を見つけたときに、私は自由となること。
大体そんなとこかしらね、義兄様は驚いてたけど」

「……すごいな、エルザ」

「でしょ?だから、義兄様に好きな人がいる時点で私はもう自由の身同然ってわけ。…話をしなかったのは悪かったと思ってる。
でも、イリヤは馬鹿だから話したらすぐ話が広まっちゃう。というわけで、私は何もかもを内緒にしたまま、孤児院を出たの」

状況はわかった。だからといってすぐに納得することはできないが。

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「馬鹿はさすがに酷くないか?僕、仮にも学年次席なんだけど…」

「何事も一番が一番すごいの。二番目なんてたいしたことないんだから」

さらりとそんなことを言われた。確かにそうなんだけど。

「エルザ、入試の試験、何点だったの?」

「500点よ」

「うわぁ」

ちなみに僕の点数は380点くらいだった。確かにたいしたことない。

「だけど馬鹿は酷いよ」

「じゃあ賢くなったらいいんじゃない?せっかくこんな進学校に入学したんだし」

イリヤは昔のような懐かしいやり取りに、目を細めて懐かしがる。ちょっととげがあるくらいがちょうどいい。

「…はいはい、そうですねー」

「む、イリヤの癖に生意気ね!いい度胸じゃない」

エルザは、もう作文を書くことなんて忘れているようだった。

「そういえば今何時なんだろ……あっ」

時計を見ると、もう完全下校時刻を過ぎていた。

「しまった、どうしようエルザ。生徒用の玄関、もう閉まっちゃってるかも」

「まあおとなしく座ってなさい。義兄様がそろそろ来るわよ」

「そんな悠長な!」

エルザは筆記用具をかばんにしまいながら、のんびりしている。

「作文、枚数増やされちゃうかも…!」

「だからないっつの。もう、静かにしてよ。警備の人が先に来たら、さすがにまずいわよ」

「そ、それもそうか…。って、なんか足音が聞こえるんだけど!」

「え?」

気づいたときには随分近くに来ているようだ。

「おーい、誰かいるのかー?」

低い、男の声だ。

僕とエルザは慌てて教員机の下に隠れる。

しかし、男は中に入ってきたようだ。

「なにやってんの?」

まっすぐ僕たちの隠れる机のほうに向かってきた。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!作文増やさないで!」

僕は必死で許しを請う。すると男は小さく噴き出した。

「あれ、本気にしてたの?ただ君たちを二人にするための口実だったんだけど」

「…え、そうなんですか?」

「ほらやっぱり、馬鹿ね」

「う…」

否定できないところが悔しかったが彼女の言うとおりなのだから仕方ない。

「学生寮まで送るよ。もうこんな時間だしね」

「ありがとう、お義兄様」

「ありがとうございます、お義兄様」

「いつから僕は君の兄になったのかな?作文増やされたい?」

そんな会話をしながら、学生寮まで送ってもらった。

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後日、どうやったのかはわからないがエルザがセルジュを説得してくれたと、エルザから聞いた。

セルジュはどうやら元々エルザのことを妹以上には見ていなかったらしい。

好きな人がいるというエルザの話もどうも本当らしく、すぐに婚約は破棄され、代わりに他の女の人と結婚したらしい。

その人は先生の学生時代の同級生で、エルザと同じ、孤児院出身だったという。
だからエルザに目をかけていたのかもしれない。

「聞いてるの?イリヤ」

「……あ、うん、聞いてなかった」

そんな話をされたその日、僕と彼女はまた放課後の教室で作文を書かされていた。
今度は名目上ではなく、本当に書かされている。

「エルザはすらすらかけててうらやましいなー、僕なんか作文苦手だから」

「作文っていうよりこれは手紙みたいなものね。私は義兄様に、イリヤはお父様に書くんでしょ?」

父に手紙を送れといわれたときは正直驚いた。でも、今なら書けるような気がしていた。自分の気持ちを伝える。そのために今手紙を書いている。

「はい、終了。私は終わったわよ」

言うや否エルザは帰り支度を始めてしまう。そんなエルザを引き止めるために制服のすそを引っ張った。

「うげ、ねえエルザ」

「だが断る」

「少しは考えてよ。元々は君のせいだろ」

「そういえば、まだちゃんと聞いてないんだけど」

何を?と首を傾げれば、エルザは少し照れた様子でこう続けた。

「私に、すきだって告白。してくれてないでしょ」

「…うぇ?」

「私だって、ちゃんと言葉にしてくれないとわからないことだって、あるんだから」

真っ赤な顔で、エルザは俯く。

「エルザ、好きだっていったら、どうする?」

「なによその曖昧な告白。馬鹿にしてる?」

「してないよ。これでも結構真剣なんだ」

本当に?とエルザが懐疑的な視線を向けてくる。

「……うん、僕はエルザを愛してるよ。だから、学校を卒業したら、結婚してくれませんか」

手を取って、触れるだけのキスをひとつ落とす。

「あ、愛して……。重くない?」

「そう感じる?僕は普通だと思うけど」

エルザは耳まで赤く染めて、でも、だって、とぶつぶつ言っている。

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「うぅ……イリヤの馬鹿」

きっと彼女なりに、告白のシチュエーションとか、言って欲しい台詞とかあったんだろう。

まあそれはあとでじっくり聞くことにするとして。

それにしても、嫌がっている感じではなさそうである。

「ね、エルザにプレゼントしたいものがあるんだ」

僕は、鞄の中から手のひらほどの箱を取り出した。

「目をつぶっていて」

「……う、うん」

エルザが目をつぶっているのを確認して箱を開ける。

しなやかで細く、真っ白な玉のような肌に触れながら、それを着けた。

「目を開けて」と短く告げて、額に軽くキスをした。

「……え、なに。今の、なに?」

エルザは驚き、目を開けて、さらに目を丸くして口をあけた。

「指輪」

「うぅ………イリヤが私のこと好きすぎてつらい」

金色に輝くリング。石はとびっきりのものを選んだ。
この日のために用意していたものだ。

「当たり前だろ、出会ったときからずっと好きだったんだから」

やっと、やっとこのときがきた。

ゆっくりと彼女の身体を抱きしめる。

「イリヤ…」

「エルザ…」

硬く抱きしめて離さないといわんばかりにきつく抱擁した。

「おーい、不純異性交遊は校則で禁止されてるだろー、反省文書かせるぞ」

瞬間、窓のところからセルジュ先生がこちらを覗いているのに気づいた。しかしいい笑顔だ。

「婚約者じゃなくなったってだけで、エルザはウチの家族で妹だよ。
だからもしイリヤ君が僕の妹と結婚を前提にお付き合いしたいって言うなら」

「言うなら?」

「きちんと一度、うちに来て父と話をするんだね」

「!?」

いきなりハードルがあがった気がする!普通この僕を倒してからにするんだな!的な展開じゃないのか!?
「まあ、ほどほどにしなさい。僕じゃなかったら普通に危ないからね」

そういい残して先生は去っていった。

そののち、僕と彼女は結婚することになる。
まあ今は婚約者の立場だけれど。

なにせ学生のうちに結婚することにあまりメリットはないし。

だから、その話はあと3年くらいあとの話だ。

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