生理的に受け付けられない容姿、というものがこの世の中にはあるらしい。見ているだけで不快な気分になるというのだ。
それは、まだ仕方がない。好き嫌いはあって当然だ。
そして、世に言うイケメンと呼ばれる容姿端麗な男性諸君が女性にモテるというのも、勿論納得している。人は、美しいものに惹かれるのだから当然のことだ。
しかし僕は人は見ためが全てではないと信じていた。
人柄や社会的地位、経済力、性格など、容姿だけでは太刀打ちできない魅力が確かに人にはあると信じていたのだ。
そして、自分が好きになる人は、容姿だけで人を判断するような事はせず、自分の内面を好きになってくれる人で、自分もまたその人の事を外見ではなく内面も全て愛するのだ、と夢見ていた。
そう、夢見ていたのだ。
そしてその夢から醒める時が、強制的に目覚めさせられる時が、やって来た。
僕は愛する女性に振られた。
突然の別れだった。
ケンカ別れでもなく、彼女はいたって冷静で、他に好きな人ができたから別れてほしいと告げた。
僕はただショックだった。
せめて理由が知りたかった。
僕に不満があったのか、僕が何かマズイ事をしたのか、それとも僕のせいではなくただ純粋に好きだと思ってしまうような相手と恋に落ちてしまったのか。
僕は、別れることは承諾するという条件で彼女から理由を聞き出した。
「私も、相手の事は言っておかなきゃならないと思って、先に言っておくけど・・・」彼女は理由を語るでもなく、新しい交際相手の名を告げた。
その男の名は、僕と彼女の共通の知人のものだった。
なぜ理由ではなく、その男の名を口にしたのか、と思ったら彼女が続けた。
「分かるでしょう?あんなカッコイイ人に告白なんてされたら、どんな女性も断れない。千載一遇のチャンスなの」
その言葉は電撃のように僕を射抜いた。
要するに、なんだ、僕よりも容姿が優れていたから、僕は振られたのか・・・?
確かに彼女の新しい男は、芸能人のようなルックスだった。
事実、何度かスカウトされた事もあるらしいし、モデルのアルバイトをしていた時期もあったと聞いた。
自分の容姿が人より優れている事を少し鼻にかける節があり、嫌う知人もいたが、傍若無人にふるまったり自己中心的に周りを振り回したりするタイプでもなかったので、僕は普通に付き合っていた。
ただ、ひと言だけ言えるのは、絶対に僕の方が性格は良い。
更に言えば、年収だって僕の方が上だ。
そんな僕の不満というか、納得できない様子に気付いたのか、彼女は更に追い討ちをかけた。
「確かに、人間顔だけじゃないっていうのは分かる。仕事ができたり、お金持ちの男性に惹かれる女性も沢山いるし、性格や相性を重視する子もいる。でもね、やっぱり見ためは大事だよ。一緒に歩いている時の気分が全然違うもん」
そして彼女は僕を置いて去っていった。
僕は打ちのめされて、しばらく立ち直れずにいた。
彼女が新しい男が誰であるか教えたのは、先にも述べた通り2人の共通の知人だったため、いずれ噂が広がるだろうし、3人が同じ場に居合わせる可能性もあったからだった。
そして、また別の共通の知人の結婚披露宴で「3人同じ場所に居合わせる」という事態になった時、新しい男にベタベタと引っ付いて愛嬌を振り撒いている元彼女の姿を見て、僕は、正直嫌悪感に近いものを感じた。
そして猛烈に悔しくなった。
あの女を見返してやる、と思ったのだ。
変なスイッチが入ってしまったらしく、それから僕は気が狂ったように自分を改造した。
僕の目標はただひとつ、モテモテのイケメンに変身すること。
そのためにできる事は何でもした。
まず、ダイエットだ。
恥ずかしながら、お腹のぜい肉が落ちにくくなってきていたのを放っておいたため、ポッコリとお腹がでてしまっていた。
お腹だけでなく、全身にも肉がついていたし、筋肉は落ちて脂肪に変わってしまっていた。
とにかく、徹底した体作りを実行するべく、食事にも気を遣った。流行の糖質カットダイエットの食事法を実践し、個人トレーナーについてもらいトレーニングプログラムを作ってもらって、筋力トレーニングや有酸素運動をおこなった。
無理しかない急なダイエットはリバウンドの危険も高くなるし健康にも悪いと聞き、長期的に取り組むようになった。
と、同時にスキンケアにも励んだ。
肌が綺麗だとモテるのは、女性だけではなかった。男性でもニキビ面や脂ぎった肌は女性から嫌がられた。
当然といえば当然だ。それこそ「生理的にムリ」という括りにされてしまっても文句は言えない。清潔さはモテる男になるための第一歩だ。
肌を清潔に保つためのセルフスキンケアも怠らなかったし、僕はメンズエステにも足を運んだ。
メンズエステなんて、全く縁のない世界だと思っていたが、意外にも多くの男性が利用しているようだった。最初に訪れた時は気後れしてしまってオドオドして新参者感丸出しだったが、日々のダイエットとトレーニングのおかげで少し自分に自信をつけはじめていたというのもあり、何回か通ううちにすっかり馴染んでしまった。
メンズエステのスタッフたちは、皆とても感じが良く、僕の肌の悩みなどを真剣に聞いてくれて、親身になってアドバイスしてくれた。
ダイエットにスキンケアにメンズエステまで・・・まったく、自分でも振り切れた行動をとっているな、と苦笑してしまったが、それもこれも僕を振ってイケメンくんと引っ付いたあの女を見返すためと思い、異常なほど執着して自己改造に熱をあげた。
そして、僕はついに、以前までの僕からは想像もつかないような身体を手に入れた。
筋肉質でぜい肉が少なく、かといってボディビルダーのようなコアな女性が好きそうな体型でもなく、いわゆる「細マッチョ」という体型だ。最も爽やかに見えて、かつ逞しい包容力も感じさせる。
また、地道な努力も実を結んで、肌質も良くなってきた。
裸になり鏡の前に立つと、見違えるような自分についつい見入ってしまった。が、首から上が少々問題だった。
その問題は、毛だ。
まず髪型がきまっていない。今までのカットだとどうしても少しオタクっぽい大人しそうな雰囲気となってしまい、今の体格とはマッチしなかった。
それから眉も、全く手入れをしない状態で、なんとも田舎臭かった。
僕はこの問題を解決すべく、メンズエステでお世話になったスタッフにお薦めの美容師を紹介してもらい、自分に似合う髪形と眉カットをデザインしてもらった。
毛を整えるだけでこんなにも印象が変わるのか、と衝撃を受けた。洗練された髪型や、決して遊び人のように見えない清潔な眉に、僕はプロの技を見た。
それから、日常のケアの方法も教えてもらった。
これで、とりあえず裸の状態の自分は、良い男になった。
あとはファッションだ。
そもそも自分の容姿に自信があまりなかった、というか無頓着だった僕はファッションセンスにも全く自信がなかった。
しかし、今の自分には似合う服がごまんとあった。
僕は素直に驚いた。以前までの自分とは全く違う感覚に。
服を着こなすとはどういう事か、身をもって実感した。
多くのファッション誌や著名人のSNSなどを参考に好きなようにファッションを楽しむようになった。
お洒落な友人にもアドバイスをもらったり、コーディネートしてもらったりした。
アクセサリーなど1つも身につけたことがなかった僕が、ちょっとしたアクセサリーをつけるようになり、バッグなどのファッション小物にもこだわるようになった。
彼女に振られて独り身になり、デート代やプレゼント代が浮いたのが大きかった。
僕は自分のために金を費やせる事がこんなに開放された気分になれる事だと初めて知った。
周囲の人間は僕の変貌を見て驚いていた。
僕が元彼女に振られたのを知っている友人は、あのショックでおかしくなっちまったんじゃないかとか、復讐のために変身したんじゃないかなど、色々と噂話に花を咲かせていたらしい。
元彼女の耳にも届いていたかもしれない。
僕は自分がどのくらいモテるようになったのか、力試しをしたくなっていた。元彼女へのあてつけというわけではないが、彼女が欲しいなぁとも思いはじめていた。
もう自分のためだけ金をつかうのも、落ち着いてきた頃だった。
そこで僕は、最近ではかなりユーザーも増えてきているという、SNSを使ったマッチングアプリに登録してみた。
すると、驚いたことに次々と女性たちからアプローチが届いたのだ。
僕は元々かなり歳の割に年収が高く、ステータスというところでは決して他の男性諸君に引けを取らず、むしろかなりのアドバンテージを持っていると自覚していた。
加えてこの容姿だ。僕は自分の写真を、あえて「加工していない状態です」という雰囲気を前面に出したもので登録していた。
これで変に盛ったり加工したり しているという邪推を取り払い、純粋に「この人カッコイイ」と信じてもらえるように工夫したのだ。
僕はアプローチしてくれた女性たちとはなるべく連絡をとって会うようにした。色々な子がいたが、良い子も多く、真剣に交際したいと申し出てくれる健気な子もいた。
僕は束の間のハーレム状態を非常に楽しんだ。
アプローチしてくれた女性とはなるべく連絡を、というのは、正確にはちょっと言葉は悪いが、アプローチしてくれた”美人の”女性とは、と言い直そう。
もちろん、僕はもともと人は容姿だけで判断してはいけない主義だったから、女性の容姿もそれほど気にはしていなかった。
ただ、あまりにもアプローチしてくる女性が多すぎたのだ。全員分のアプローチを受けて全てに対応していたら、僕は1日4、5人もの女の子をデートに連れていかなければならなくなってしまう。
そのようなわけで、僕は、美人、つまり今の僕の隣を歩くに相応しい容姿を持つ女性に搾ってデートの約束を取り付けて、そのひと時を楽しんだ。
そして、数多くの女性たちの中でも飛びぬけて美人で、しかも性格も良く、しっかりと自立して働いていながら、結婚したら家に入って子育てを頑張りたいと言っている高学歴な女性からの告白を真剣に受け止めて、交際を始める事にした。
僕は、根は真面目なので、彼女と交際を始めるにあたり、当然他の女の子たちとの関係も連絡も断ち切り、アプリもやめ、彼女一途となった。
実際、彼女以外見えていなかった。とんでもなく幸せな日々だった。
しかし、そんな幸せな日々に水を差しにくる者が現れた。
それが件の元彼女だ。
元彼女は、知人のネットワークで、僕がとんでもない変貌を遂げてめちゃくちゃモテるようになり、連日違う美女を引き連れて歩いているという噂を聞きつけたらしい。
そしてあろうことか、僕に復縁を迫ってきた。
話半分で元彼女の主張を聞くと、どうもその後の新しい男のDVとも言えそうな身勝手ぶりに振り回されてすっかり参ってしまっているようだった。
皆が敬遠していた「ちょっとオレ様」な雰囲気は、内弁慶という形で開花していたらしい。
あの男は家族や彼女など近しい存在にはとことん傍若無人に振舞うそうだった。
元彼女は、新しい彼氏が気に食わない事を少しでもすると癇癪を起こされ、ひどいときは手まで上げられるという。
「もうずっと別れたいと思ってた。私が本当に好きなのはあなただってようやく気付いた。バカだよね、私」と自嘲気味に笑いながら涙を零してみせたので、大した女優だなぁなどと思いながら、そして「うん、バカだねー」と心の中で茶々を入れながら、「でも、あの時僕はとても傷ついて、もう君への愛情は全部その時枯れてしまったんだ。今は新しい彼女もいるし、僕は彼女のこと、愛してるし、結婚も考えてるから、邪魔しないで」と優しく丁寧にお断り申し上げた。
元彼女は何やらキーキーと喚いていたが、僕は放置して背を向けた。
今度は僕が彼女から去る番だった。
僕は別に元彼女に復讐をするつもりも無かったし、あてつけをする気も無かったのだが、結果的にそうなってしまったらしい。そしてその結果に関して、特に何とも思っていない自分がいた。
もっと「やってやったぞ」とか「ざまあみろ」とか思うのかな、と想像していたのだが、実際のところ、才色兼備の彼女ができて今が一番幸せだったのだ。
他人の不幸を笑ったり、復讐を楽しむ余裕なんて全く無く、僕は今のこの幸せを噛み締めて美容活動をがんばってきて本当に良かったと心からそう思った。