恋愛・恋活

口紅の縁結び~短編恋愛小説


白い封筒に貼られた、竹柄の慶事用切手。筆ペンで書かれた私の住所と名前。差出人は友人の紗栄子と、知らない男性だった。

ああ、そういえば近々結婚するって言っていたな。重い体をソファに沈めながら、封を開ける。

紗栄子らしいキラキラとした招待状だった。

日曜日なら、仕事も休みだしよっぽどのことがない限り出席できるだろう。

会場は……ああ、知っている。有名な大きい教会のある式場だ。これも紗栄子らしいなあと思いながら、梅柄の切手が貼られたハガキの「出席」に丸をつけ、「御」を二重線で消した。

初めて友人から結婚式の招待状が届いたときは、返信ハガキの書き方をスマホで検索したものだ。今では何も見ずとも書ける。ふと、独身仲間である恵理の言葉を思い出した。

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「返信ハガキの書き方のマナーを覚えてしまうほど、友人の結婚式に出席している私は、さしずめご祝儀おばさんと言ったところかしら。いつか、払った分のご祝儀が回収できるといいんだけれど」

20代前半の頃は、結婚式に呼ばれるたびにわくわくし、美容院の予約をして、ばっちりドレスアップして出席したものだ。それがいつの間にか自分でヘアアレンジをし、仕事着と併用できるようなワンピースに真珠のネックレスをつけて出席するようになった。

年相応、と言えばそうなのかもしれない。実際、いつも披露宴で同じテーブルを囲う友人たちは既婚者が多く、落ち着いた雰囲気を醸し出しているし、子連れで参加している友人なんかは容姿に構っている暇はないようで、「ピアスしてきたけど引っ張られるから、さっき外しちゃった」とも言っていた。

髪の毛を引っ張られることも分かっていたようで、初めからきっちりセットしてきてはいなかった。そんな友人たちは披露宴の間も「あの演出ってお金かかるよね、私は妥協したよ」とか「この席次表手作りだよね、ウチ面倒くさくて頼んじゃったけど、高かったよ~」とか、自分たちのときと比べたお金の話ばかりで、独身の私は「へえそうなんだ」としか言えなかった。

恵理はまだ結婚をあきらめていないようで、自分が結婚式を挙げるときに役立つであろう情報をどんどん吸収していっていたけれど、私はそれほど興味を持てなかった。高砂に座る新郎新婦を遠くから眺めるだけで、自分がいつかそちら側に座る日のことはとても想像できなかった。

そういえば、恵理も紗栄子の式に出席するのだろうか。紗栄子が結婚したら、親しい友人たちの中で、独身なのは私と恵理だけだ。カバンからスマホを取り出して、恵理にラインを送ると、数分もしないうちに恵理から電話が掛かってきた。

「もしもし?」

「あっ、真奈美? ごめんねいきなり電話して。ライン返すより早いと思って」

「恵理のところにも届いた? 招待状」

「うん、来てた! 最近忙しくて郵便受け見てなかったんだけど、真奈美からのライン見て確認しに行ったらね、入ってたよ~。あのでっかい教会のところでやるんでしょ、紗栄子らしいね」

「それ、私も思った」

二人で笑いあった。本題の、恵理も出席するのかという問いには、もちろんという返事だった。

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「真奈美は、紗栄子の結婚相手、分かる?」

「いや、知らないけど。恵理は会ったことあるの?」

「あるといえば、ある。けど正直、覚えてないや」

「なにそれ」

「ほら、一昨年だったかな、もっと前だっけな、春香の結婚式、一緒に行ったじゃない。そこで出会ったらしいよ。紗栄子の旦那さんになる人、春香の旦那さんの友達なんだって」

「へぇ……」

この年になって、職場で出会いがなければ、何かアクティブな趣味を持つか、合コンや婚活に参加するしか出会いはないと思っていた。まさか、友人の結婚式で出会いがあるとは。とはいえ、それは一部の人間の話であって、自分とは関係のないことだ。

「春香から聞いた話なんだけど、紗栄子の旦那さんになる人、大手の企業に勤めてるらしいのよ。紗栄子のことだから派手な式するだろうし、ってことは参列者も多いから、きっと旦那さんも会社の上司だけじゃなくて同僚や先輩も呼ぶじゃない?」

「そういうもんなのかなぁ」

「そうよ。新婦より新郎側の出席者が少なかったら体裁悪いもの、数そろえるわよ。だから私、そこを狙おうと思って」

「そこ?」

「だから、紗栄子の旦那さんになる人の会社の、同僚や先輩!」

恵理が興奮しているのが、声だけで分かった。このチャンスを逃してなるものか、と。

恵理も仕事が忙しく、きっと他に出会いがないのだろう。確か、大学時代に付き合っていた彼と社会人になって別れてからは、ずっと彼氏がいないはずだ。私も人のことは言えないけれど。

「まだ招待状が来ただけで二次会の連絡はないけど、紗栄子ならきっと二次会もやるわよね。ねえ、恵理、一緒に行こう!」

「ええ、まだ分かんないよ」

「お願い~!既婚者や子持ちはきっと二次会までは来ないもん、一人じゃさみしいし、一緒に出席しようよ~」

「紗栄子から二次会の連絡が来たら、ね」

「約束ね!」

そう言って電話は切れた。そして恵理の読み通り、しばらくしてから紗栄子から二次会の連絡が来た。結婚おめでとうというお祝いの言葉とともに、参加する旨を伝えた。

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仕事で忙しくしている間に、あっという間に時間は過ぎ、スケジュール帳を開くと今週末が紗栄子の結婚式だった。風呂上がりに濡れた髪をタオルで乾かしながらクローゼットを確認すると、春香の結婚式に着ていったワンピースがハンガーにかけられていた。

これでいいか。少し肌寒い季節だから、羽織るものもいるかな。そんなことを考えながら頭の中でコーディネートしていく。試着しなくても、ここ最近は体形に変化はないから大丈夫だろう。最後に靴とバッグを確認し、明日の仕事の用意をして眠りについた。

日曜日の朝、用意しておいたワンピースを着て、簡単なヘアアレンジをし、アクセサリー類をつけ、いつも通りの化粧をした。歩きやすさ重視の仕事用の靴とは違う、ヒールの高い靴を履くと、自然と背筋が伸びた。

ああ、自分も女だったんだなあと思い出す。祝いの席できっとアルコールを飲むだろうと、電車とバスを使って式場へ向かった。そのバスで、恵理と合流した。

電話で熱く語っていた恵理がどんな格好で来るのだろうと思っていたが、思っていたよりも落ち着いた紺色のドレスだった。ただ、髪の毛は美容院でセットしてもらったであろう髪型だし、メイクもばっちり、爪もばっちりネイルが施されていた。

「恵理、その爪かわいいね」

「これね、金曜の仕事帰りにやってもらったんだ」

1万円くらいするのだろうか。私はお店でネイルをしてもらったことがないので相場は分からないが、恵理の気合の入れようは分かった。

「真奈美、髪も爪も自分でやったの?」

急に、マニキュアを塗っただけの自分の爪が恥ずかしくなった。

「う、うん。どうせ、ネイルしても明日の仕事までに落とさなきゃいけないし、もったいないなあって」

「そっか、真奈美の仕事、ネイル禁止か。でも友達の結婚式くらい、いつもより派手なメイクすればいいのに」

恵理はそう言って、膝の上に置いたカバンから化粧ポーチを取り出した。

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「ええ、そんな、バスの中で……」

「メイクしないよ!ちょっとグロス塗るだけだって!」

恵理が取り出したのは、赤色の口紅だった。こんな派手な色の口紅を塗るなんて、成人式以来かもしれない。

「私には、ちょっと……」

「大丈夫だって!これ、スモーキーレッドっていって、ちょっとくすんだ赤だから肌なじみいいし、大人っぽい印象になるから」

恵理は、そのスモーキーレッドとやらの口紅を私の唇に押し当てた。塗り終わって手鏡を渡され、覗き込むと、確かに印象が変わっていた。先ほどまでの私はすっぴんだったのかと思うくらい、唇が赤くなっただけできちんとメイクをした感じが出ていた。

「赤メイクは派手でハードル高いって思われがちだけど、落ち着いた赤なら大人っぽく仕上がるから、うちらみたいな30代でも大丈夫でしょ」

「ありがとう……」

「会場着いたら、化粧室行こう。唇の色に合わせて、目元のメイク直してあげる」

バスを降りるや否や、受付もせず化粧室へ連れていかれた。鏡の前にポーチを置いた恵理は、1本のアイライナーを取り出した。

「唇の赤い印象が強いから、アイシャドウやチークは控えめにした方が全体のバランスはよくなるんだよ。だから今日の真奈美にぴったり!でも、アイラインだけ引いとこっか」

「控えめにしたつもりはないんだけど……」

私のいつも通りのメイクは、恵理にとって控えめらしい。私の言葉を無視し、「ちょっと目閉じてて」と言う恵理は、私のまつ毛の間を埋めるようにしてダークブラウンのアイラインを引いていった。

たった1本の線を引いただけなのに、ずいぶん華やかになった。先ほどまでの私のメイクが手抜きに感じる。30代らしく落ち着いたナチュラルな感じにしようとしていた私のメイクは、ただ地味なだけだったのかもしれない。

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「シンプルなドレスやワンピースの時こそ、アクセ代わりに唇は赤くしなきゃ。唇とのコントラストで肌も明るくきれいに見えるしね」

「確かに、肌の色、明るくなったように見える……」

なんだか自信が涌いてきた。女にとって化粧は武器と言うけれど、本当にそうかもしれない。今の私は確かにメイクによって精神面が強化されている。化粧室を出る足取りが、家を出た時より軽かった。

受付を済ませ、教会へ案内されるまでウェルカムドリンクを飲んで待っていると、続々と友人がやってきた。

皆、第一声は「真奈美、何かあった?」、「印象変わったね」だった。

今までの私はそんなに地味だったのだろうか。ともかく、客観的に見ても自分のメイクは以前より良くなっていることが分かって、ますます自信がもてた。不思議なもので、自然と表情も明るくなる。私とは関係ないと思っていた、友人の結婚、出産、育児の体験談も、楽し気に聞くことができた。

一方、恵理はと言うと、披露宴の間、席次表で新郎の会社の人たちが座っているテーブルを確認しては、「あの人、指輪してる」、「ああ、あの人もだ」と、左手の薬指を確認していた。

「いい式だったね~」

お世辞でもなんでもなく、幸せそうな紗栄子の姿を見られて、いい式だったなと思った。が、理恵は意気消沈していた。

「はあ……いい男はみんな既婚者。結局、残っているのはワケありばっかり」

「まあまあ」

恵理が狙っていた、紗栄子の旦那さんの同僚や先輩たちは、ほとんどが既婚者で、薬指に指輪がない人もいるにはいたが、話してみると会話がかみ合わないような人だった。

「恵理、このまま二次会も行くんでしょ?」

「行く、行くわよ、飲まなきゃやってらんないもの。その前に、ちょっとメイク直ししてきていい?」

「あっ、じゃあ、私も」

食事をして、唇の赤色が落ちてしまっているのではないかと思い、恵理と一緒に化粧室へ入った。改めて鏡を見ると、やっぱりいつもの自分と違った。

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「ねぇ、恵理のその口紅、どこで買ったの?」

「んー、ネットだよ。私、化粧品の販売員の、よくお似合いですぅ~ってわざとらしい声が苦手なんだよね」

恵理はポーチから綿棒を取り出して、目元のメイクを直しながら答えた。確かに、私も販売員とのやり取りが億劫で、デパートなどで化粧品を買うのをためらってしまう。

「ネットかぁ。ネットで、自分に似合う色探せるかなぁ……」

販売員を介せずに買い物ができるネットショッピングは便利だが、実物を見たり試したりできないことが不安だ。一言で赤と言ってもいろんな色があるだろうし(スモーキーレッドという色も今日初めて知った)、パソコンの画面で見た色と、自分の唇に塗った色が同じになるとも思えない。

「今時、ドラッグストアの化粧品売り場にも専門の人がいるから、相談はしやすいけどね。そういう人と話すの嫌だったら、ネットでも、肌タイプの診断とかできるよ。イエローベースかブルーベースかが分かれば、どんな赤色を選べばいいか分かるから、大丈夫だよ」

そう言って、スモーキーレッドの口紅を私に手渡してくれた。ありがとうと言って受け取り、唇に塗り直す。再武装が完了した私たちは、二次会の会場へ向かった。

受付で名前を申し出て参加費を支払うと、受付の女性にこちらへどうぞと案内された。紗栄子の中学か高校時代の友人だろうか。私と恵理は大学で紗栄子と知り合ったから、それ以前の紗栄子の交友関係は知らない。案内された白壁の前に立つと、フォトプロップスを持たされ、チェキというインスタントカメラで写真を撮られた。

「ここにある油性ペンで、余白にメッセージ書いてください!」

そう言って、撮影したばかりのフィルムを渡された。真っ白だったフィルムに、ぼんやりと私の顔が浮かび上がってくる。

「受付してすぐ写真撮られるとは思わなかったね。化粧直しといて正解だった」

「そうだね……」

現像された私の顔は、目も唇もはっきりしていた。インスタントカメラだからか肌は真っ白で、なんだか少し若返ったように見えた。もし、今まで通りのメイクだったら、どのように映っていたのだろうか……考えただけでぞっとした。

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受付の女性に言われた通り、テーブルの上に置かれた油性ペンを使って、「サエコ結婚おめでとう!マナミ」とメッセージを添えた。これを、受付の横に置かれたコルクボードに貼るらしい。参加者全員分の顔写真とメッセージを添えて、新郎新婦へのプレゼントにするそうだ。

「ウェルカムボードに指印押したことはあったけど、こういうのは初めてだわ」

恵理も、感心したように言っていた。受付を済ませ、会場となる部屋へ入ると、料理が並べられるであろう長机と、ゲスト用の丸いテーブルがいくつか並んでいた。自由席らしいので、料理がすぐとれるよう長机の近くの席を選んで座った。

しばらく恵理と雑談していると、男の人に声をかけられた。

「あの、マナミさんですか?」

「え、あ、はい……」

振り向いて男性の顔を見ても、見覚えはなかった。私が気付かなかっただけで、披露宴会場にいたのだろうか。

「俺、新郎の中学の同級生で、タクミって言います」

「えっと、先ほど披露宴会場でご一緒しましたっけ?」

「あ、俺は二次会からの参加で、式には出席してないです」

ではなぜ私の名前を知っているのだろうと、いぶかしげにタクミさんを見ていると、私のその視線に気づいたタクミさんは慌てて言った。

「あ、受付で写真見て。きれいな方だなと思って。隣の席、いいですか?」

私が返事に困っていると、恵理が「もちろん!どうぞ」と返した。

こんな、写真を見ただけで隣の席に座ってくるような人、チャラチャラした軽い人に違いない。そう思っていたが、恵理が「歳は?」「お仕事は?」とあれこれ質問したことに対して誠実に答える姿を見ていると、どうやら真面目な人らしい。そんな人が勇気を出して私に声をかけてくれたのかと思うと、嬉しくなった。

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「あ、タクミ、ここにいたんだ。あれ、知り合い?」

そう言って、タクミさんの友人らしき男性がやってきた。どうもマナブです、と名乗ったその男性は、タクミさんの横に座った。

二次会は、新郎新婦の結婚を祝いながら食事やビンゴゲームを楽しみ、その食事やゲームの間にタクミさんやマナブさんと会話を交わし、あっという間に終わってしまった。ついさっき会ったばかりの人なのに、別れるのが惜しい。そう思っても口に出せずにいると、恵理が助け舟を出してくれた。

「せっかく仲良くなれたんだし、ライン交換しませんか?」

恵理のその提案に、男性2人とも快く承諾してくれた。恵理が素早く4人のライングループを作ってくれ、自然とタクミさんの連絡先を入手することができた。

二次会の会場を後にし、恵理と共に電車に乗り込んだ。

「恵理、今日はありがとね」

メイクも、連絡先のことも。言わずとも恵理には伝わったようだ。

「いいえ。真奈美、タクミ君のこと気になってるんでしょ」

「そんな、まだ今日会ったばっかりだし、分かんないよ」

「じゃあ、また会ってみたら?ラインしてみなよ」

「ええ~……」

私が渋っていると、見かねた恵理がスマホを取り出し、ささっと何かを入力した。ほぼ同時に、私のスマホからラインが届いたことを告げる音が鳴った。開くと、案の定恵理からのラインで、「今日は楽しかったですね!都合が合えば、また4人で飲みに行きましょう」と書かれていた。

「ほら!これに便乗するだけでいいから」

「う、うん……」

恵理に言われるがまま、「今日はありがとうございました。私もぜひ、また飲みに行きたいです」と送った。

「返事来るといいね。あ、次、私降りる駅だ」

「え、待って、断られたら、どうしよう」

「まあ、断られたら、ご縁がなかったってことで諦めよう!私も次の出会い探すよ。じゃあまたね!早ければ、次に会うのはこの4人での飲み会だね」

恵理はそう言って電車を降りて行った。

話す相手がいなくなった私は、スマホで「30代 口紅」と検索した。恵理の言っていた通り、自分の肌にあう口紅の選び方が書かれているブログが数多くヒットした。それらの記事を真剣に読み進めていると、スマホの画面にライン通知が届いた。マナブさんから、「ぜひ飲みましょう」と。4人中3人が飲もうといっているのだから、きっとタクミさんも……そう考えて胸を高鳴らせていると、またラインが届いた。

「4人で飲みに行くのもいいですが、2人で食事に行きませんか」

タクミさんからだった。よく見ると、4人のライングループではなく、私宛に、個別で送られてきたメッセージだった。思わず、電車内にいるということを忘れ、口元を緩めてしまった。

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