恋愛・結婚SS

恋心~恋愛ショートストーリー


人を好きになるというのは、簡単なようで難しい。
正確に言うと、好きになるというよりも、恋するというのは、かな。

友人として好きになったり、誰かに憧れたり、尊敬したり、愛情をもって接したり、そんな感情はそこいらじゅうにゴロゴロ転がっていて、すぐに手に入るのに、様々な「好き」の中でも「恋」はちょっとだけ性質が違うような気がする。

それは、いつ自分のもとにやってくるか分からないし、手に入れようと思って手に入れられるものではない。
そう、まさに天使が矢で射抜くように、突然ハッと気付くものなんだ。

そして、私は、もう何年もの間、恋から遠ざかっている。
それがどんな感情だったかも、もはや思い出せない。

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確かに、恋した事はあるはずなのだ。

まだ制服に身を包んでいたような頃、「甘酸っぱい」という表現が本当にしっくりくるような、顔を合わせただけで鼓動が速くなり顔が赤らむような、言葉が上手く紡ぎ出せなくなるような、それでいてその人の笑顔が自分の方を向けば一生分の幸せを得たかのような、そんな気分になった記憶が、確かにある。

モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」に登場するケルビーノという小姓が歌う「恋とはどんなものかしら」という曲の一節に「勝手にため息が出て、知らず知らずのうちに胸がドキドキして、寝ても覚めても心が安らがないのに、僕はそれを楽しんでいるんです」という歌詞が出てくる。

昔少しだけ歌を習った時に、メゾソプラノの入門アリアとして歌った事があるのだが、そうそう、恋ってこんな感じよね、と思ったものだった。

恋は、そういう、不安定な気持ちを楽しむもので、ちょっとした相手の言動に一喜一憂して、あれやこれやと想像を膨らませて、ひとりで盛り上がるもの。
それが、たまらなく楽しい時が、確かに私にもあったのだった。

もうそんな感情はすっかりどこかへ消えてしまって、今はただ、現実と向かい合い座って、俯きがちにお茶やお酒をすするだけ。

恋に憧れ、愛にのぼせ、浮かれているうちに時だけが過ぎて、出会いや別れを繰り返し、結局タイミングを逃して独り身のままここまできてしまった。

仕事があまりにも忙しく、恋だの愛だの言っている余裕が無くなり、そんな自分を「充実している」と騙し続け、孤独感から目を逸らすために休日も友人と遊ぶ予定で手帳を埋め尽くし、人生を謳歌している私を演じていた。

それでも、ふとした瞬間に寂しさというか、侘しさというか、つまらなさというか、言葉にできなくはないがしたくないような感情が影を落とす事がしばしばあった。

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そんなある日の事だった。

いつものように友人たちと遊び歩く週末。

その日は、友人行きつけの日本酒のバーでアニバーサリーイベントをやるというので、便乗する事になった。

全国の地酒や梅酒を取り揃えていて、店内も小ぢんまりしていながら狭さをあまり感じさせず、ゆったりできる造りで、居心地が良かった。

イベントだったという事もあり、ゆったりできる造りであってもその日だけはギュウギュウと所狭しと常連客がひしめいていた。友人は常連だから、常連仲間との話に花が咲く。必然、私は話す相手を失い、ひとり、手持ち無沙汰に日本酒を味わっていた。

友人も一応連れてきた手前、私を気遣ってか、ちらっとこちらを見て、一緒に話していた集団の中からひとりの男性を連れて私に紹介した。

「この人、歌手なの!」

お酒の力もあってか、とんでもなく適当な紹介をされた当事者は、すかさず「歌手じゃないってば」と否定して、こちらに向かって「すみませんね、変な絡み方で…」と苦笑する。
「歌を歌われると聞いて。僕も、下手の横好きですが、昔ちょっとだけかじっていた事があったので」

「なんか話が弾むんじゃない?私、よく分かんない世界だからさ。じゃあね~」
そういって友人は男性を置き去りに、また集団の中へ帰っていった。

私たちは苦笑交じりに改めて自己紹介をした。
お互い、学生の頃少し声楽を勉強した経験があって、私はもう歌う事そのものを止めてしまっていたが、彼は今でも趣味で時々歌っていると話した。

「いいですね。歌う機会が無くて、それでもうめっきり歌わなくなってしまったので、うらやましいです」
と思わず零す。

「良ければ、今度ご一緒にいかがです?」

こういう会話に、こういう誘いは、割とお決まりの社交辞令。

「ええ、ぜひ」
と微笑んで、その後も当たりさわりのない話を続けた。

趣味が合う事もあり、話題には事欠かなかった。
好きな作曲家やオペラ作品、昔の舞台の話、失敗談、歌を始めたきっかけ、など歌の話から広がって、生い立ちや仕事の事など、色々な事を話した。

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気付いたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。

完全に酔いがまわって気分が良くなっている友人を連れて店を出る。
彼は、少し心配そうにしていたが「慣れっこですし、家も近いので」と言う私を見送るだけに留まった。

別れ際にもう一度「コンサートの話、また改めてしますね!」と念を押されたので、もしかして、ちょっと本気なのかな、と思った。

無事友人を送り届けて、帰宅してから自分が想像以上に浮かれているのを自覚した。
鼻歌を歌っていたのだ。しかも、あろうことか「恋とはどんなものかしら」を。

歌なんて忘れ去ってしまっていたと思っていたので、我ながら驚いたが、昔好きだったものを好きという人と出会い、その頃の事を思い出すというのは、楽しいものなんだな、と思った。コンサートの誘いが来るかどうか分からないが、そしてその時に出演すると言えるだけの自信は全く無いが、また習いに行こうかな、と思い始めたのは、きっとこの鼻歌が出るほどのわくわくした気持ちの現れだろう。

そして、本当に来たのだ、連絡が。

日時と場所、どういった趣旨のコンサートか、参加費など、詳細の情報が彼から送られてきた。

その連絡をもらい、出たいと思ってしまった自分に気付き、恥じ入る。

もうブランクが長すぎて、人様の前でお聞かせできるような代物ではないと自分に言い聞かせ、その旨を「だから、今回は聴きにお邪魔しても良いですか。レッスン再開して、必ず来年は参加させていただきますので」という前向きなひと言を添えて返信した。

すると、割とすぐに返信が来て、是非聴きにきてほしいという内容と、レッスンは良い先生がいなければ探すのを手伝うという申し出だった。

これは渡りに船で、私がお世話になった先生のところへは距離的な問題で通えず、新しい先生を探さないと、と思っていたので、早速彼に返信し、まずは彼の先生のレッスンを見学させてもらう事にした。

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大好きな歌をまた歌えるという幸せで、私の人生は突然明るくなったような気がした。
こんなにわくわくしたのは何年ぶりだろうというくらい、楽しかった。
その楽しみの中には、常に彼の存在があって、私は知らず知らずのうちに彼からの連絡を心待ちにしているようになっていた。

返信がなかなか無い時に、あれこれ不安な気持ちになっている自分に気付いたのは、出会ってから3ヶ月ぐらい経った頃だったろうか。
彼はわりとマメなタイプだったから、仕事中の時間を除いて比較的レスポンスが早かった。

それが、たまに返信が遅かったりすると、「私、何か気に障るような事書いちゃったかな」と何度も文面を読み返したり、「何かあったのかな」とか「体調、崩しちゃったのかな」と彼の身を案じたり、「私、面倒な女になってる!?」と自分を責めてみたり、心中穏やかでなくなった。

そして携帯電話がメールを受信すると、待ってましたとばかりに確認し、それがどこぞの通販サイトのメールマガジンだったりすると舌打ちのひとつも打ってしまう、という有様だった。

彼からのメールが来れば嬉しくて、すぐに返信したくなるけれど、それもきっと煩わしいだろうと思い、時間を置いてみたり、打った文面を何度も校正して練りに練ったり、そんな風にメールひとつで一喜一憂する自分を「中高生か、私は」と半ば呆れながら客観視した。

自ら勝手に振り回されるその様は、まさにケルビーノそのもの。

メールの返信が来なければため息をついて、携帯電話が振動すれば鼓動が速くなり、寝ても覚めても気付けば彼の事を考え、そして何よりも、それを楽しんでいる私。

歌のレッスンも、結局彼の先生に習う事に決め、最初に選んだ曲が「恋とはどんなものかしら」だった。

一度歌ったことがあるので、曲も知っているし、歌詞もほとんど諳んじて歌えた。意味もしっかり把握している。

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「モーツァルトの曲は音楽的にはシンプルゆえにとても難しいんだけど」
と先生は熱心に指導しながら口を開いた。

「でも、昔歌った事があるからかな、なんか言葉はきちんと意味を成してすごく伝わってくるんだよね」

いいえ、今まさに自分がケルビーノ状態なんです、とはとても言えず、照れ笑いでお茶を濁したが、その先生の言葉もあって、自分が彼に恋をしていると、ようやく自覚した。

年甲斐もなく、こんなにドキドキしちゃって…と思ったが、自分が楽しいのだから、仕方無い。何年かぶりに胸のときめきを思い出して、しかし誰かに言いふらすのは流石に少し気が引けて、私はこの恋を大切に心にしまっておく事にしていた。

彼も独り身で、付き合っている女性がいないのはリサーチ済み。
2人を隔てる障害は何もないはず。
歌の話で盛り上がるので、一緒に食事に行く事も増え、彼も楽しそうにしている。

これは脈ありに違いない!
そう思って、彼の心を覗きたいと切望しながらやりとりを重ねた。

レッスンも楽しく、昔習っていた時の感覚を少しずつ思い出し、1年後のコンサートに出演する事になった。
曲目はもちろん「恋とはどんなものかしら」
それから先生の勧めで、なんと彼と椿姫のデュエットアリアを歌う事になった。

「高い声もよく出るようになったから、ヴィオレッタも歌えるでしょ」
と言ってもらい、嬉しくもあり、難しい曲に挑む怖さもあり、しかし彼とデュエットができるという喜びに勝るものはなく、必死に練習した。

曲の終盤、難しい箇所があるのだが、そこだけ2人で特訓するようになって、ますます彼と会う機会が増えて、私はただただ嬉しかった。

特にどちらかが好意を伝えたわけではなかったけれど、出会ってから1年半、相手もまんざらではなさそうな片思いを楽しんでいた。

私たちを引き合わせてくれた友人だけには、気持ちを明かし、さっさと告白しなさいよと言われたが、なかなかそんな気になれず、行動しない私を、半ば呆れ、半ばおもしろそうにニヤニヤと眺めているに過ぎなかった。

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コンサート当日、久しぶりの舞台にガチガチに緊張しながらも、折角の機会を楽しまないでどうする、と自分を鼓舞し、ソロもデュエットも、無事終えることができた。

あまり記憶がなく、やはり緊張していたんだな、とは思ったけれど、デュエットで彼と一緒に歌うのは楽しかった。

そして、その日の打ち上げ後、彼に誘われて2人だけで行ったバーで、告白された。

ただ、ひたすらに嬉しくて、二つ返事で「嬉しい!よろしくお願いします」と受け入れ、帰宅してからも興奮が止まらなかった。
この感情の昂ぶりをどこにぶつけたら良いか、というくらいそわそわし、友人に速報を連絡した。

「やっとか~。長かったね。おめでとう。こりゃ結婚式でデュエットが聴けそうだ」
と眠そうな声で祝福してくれた友人。

「け…け…結婚なんて…ひゃー!」

そんな事まで考えていなかったので、ますます興奮に拍車がかかる。

こんなに少女じみた感情が、まだ私の心に残っていたなんて、自分でも信じられなかった。
恋とは本当に不思議なもの。
天使が矢を射って上手く心に刺されば、ある日突然芽生える感情。

「夢見て喜んだと思ったら、急に心が凍りつき、熱く想い焦がれたと思えば、またすぐ不安にかき乱される。勝手にため息が出て、知らず知らずのうちに胸がドキドキして、寝ても覚めても心が安らがないのに、僕はそれを楽しんでいる」

そう、これこそが恋。
一時の夢のような感情。

そしてその感情が、しだいに暑く羽毛布団のように重なり合って、心地よい安心を伴う愛情に変わっていくのを、私は確かに実感しながら、彼の顔を思い浮かべては、しかしやはりニヤリと零れる笑顔がどうしても元にもどらなかった。

まだまだ、恋かな、とそんな事を思いながらも、今はこの感情を楽しもうと、おなじみの旋律を鼻歌で歌いながら布団にもぐりこんだ。

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