恋愛・結婚SS

彼~恋愛ショートストーリー


運命の出会いなんて、永遠の愛なんて、そんなものはありっこない。
ずっと仲むつまじく、寄り添って生きていく相手なんて、私には見つかりっこない。

30を過ぎて、気付くと40が目の前に迫っていた。

私には、もう何の希望も無い。

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10代の頃は恋に恋していた。
20代に差し掛かる頃は恋に溺れかけた。
そして盲目的に結婚し、子どもを身ごもった。
そして30代、信じた人に裏切られ…ればまだマシだったのに、そうではない、単純な私のわがままで生涯の伴侶を手放してしまった。

未練は、ない。

子どもももう中学生で、私たちの愛が冷めてしまった事は薄々感じていたようだった。
何も言わずに、私について来た。

昔から、そうだった。
恋せずにはいられないのだ。

好きになる人は、大抵よく知らない人だった。
知ってしまうと、冷めるというか、妙に冷静になってしまって、盲目的になれない。

現実味を帯びた付き合いは、それは恋や愛ではないような気がして、私はただひたすらに、寝ても覚めても相手の事しか考えられないような恋愛を求め続けた。

結婚相手も、そう。

共同生活の中で、相手の見たくないところが徐々に見えてくるにつれ、私の興味は日を追うごとに薄れ、顔も見たくなくなり、いつの間にか元夫は家に帰って来なくなった。

子どもがいたため、絶縁状態にはならなかったが、よそで女を作り、金の管理もろくにできずに荒れていたらしい。それでも私は何とも思わず、ただ、結婚という2文字が次の恋への枷になっている事だけを息苦しく感じていた。

そうはいっても、子どもがいる手前、好き勝手するわけにもいかず、私たちは仮面夫婦を演じて、別居こそすれ、表面上は問題無くやり過ごしていた。
そして、子どもが中学生になり、ようやく離婚にこぎつけた。

あんなに好きな人だったのに、こんなに脆く関係が壊れるものなのか、と思うと、世の中の幸せな家庭は一体全体どういう仕組で出来上がっているのか、不思議でならない。

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愛はいつか枯れる。
恋はいつか冷める。

穏やかな家庭を築いている人種は、きっと、恋も愛もなく、馴れ合いだけで繋がっているに違いない。そこには燃えるような、痛みを伴うほどの、狂おしい愛は存在しないはず。
なぜなら、そういう愛は、いずれ破滅を招くから。

それでも、私は求めてしまう。その、破滅を予感させる愛を。
焦がれるほどの熱さや、擦り切れるほどの痛みを伴った、愛を。

子どもには呆れられているだろう。なんとなくそれは肌で感じている。
しかし、私はこういう女なのだ。もう、開き直るしかない。

これだけだと、ただの男好きのように聞こえてしまうかもしれないが、私にだって”普通”の男友達もちゃんといる。ただ、彼らは恋愛の対象になり得ないだけで、もう何年来の付き合いの友人にも恵まれている。

私の恋愛体質について知っている友人もいて、そのうちの1人にはしばしば相談に乗ってもらうことがあった。

離婚する時にも相談に乗ってもらって、本当に呆れながらも色々力になってくれた。

彼は私の恋愛気質についても熟知していたし、生まれつきそういうものなら仕方無いと言ってくれている。

私も自分を隠したり、気をつかう必要が無いからか、かなりおおっぴらに本当の自分をさらけ出している。

女友達からは「彼は絶対あんたに好意がある」と言われるし、昔はそんな気配を薄々感じる瞬間も、無いとは言えなかったが、私は逆にその好意に甘えて彼のふところに潜り込んで、やりたい放題だった。

彼もまた、私にはその気が無いのを分かっていながら、接してくれていた。

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その彼は独身を貫いている。
何人か彼女がいたのは知っているが、結婚には至らなかった。
「タイミングを逃した」とだけ、言っていた。

今は彼女はいないらしい。
もはや両親も完全に諦めているようで、独身貴族を満喫している。

私の離婚問題が片付いて、久々に落ち着いてゆっくり飲めるという事で、お世話になったお礼もしようと彼を誘って2人で飲んだ。子どもは部活動の合宿中。気兼ねなく羽を伸ばせる。

身辺整理や小難しい書類の扱いなどで本当に世話になったし、精神的な事でも、ずっと隣で支えてくれた彼にお礼を伝えて、今日はご馳走させてくれ、と言うと、当然!という返事が返ってきた。
こういうところも、付き合いやすい。

自分で言うのもおかしな話だが、私の良いところは別れた相手の悪口はほとんど言わない事だ。
引きずるのが嫌いだし、そもそも苦手だから。
この日も、努めてそうしたわけでもなく、明るい話に花を咲かせて楽しく飲み明かした。

彼女ができたかどうか聞こうかな、とも思ったが、特に深い意味は無く、なんとなく聞かずに終わってしまった。

いざ帰ろうとした時、ふいに手を握られた。
瞬間、心臓がドクンと脈打つ。

「何?酔っぱらった?」
平静を装って軽くあしらう。

「帰さない……って言ったらどうする?」
とニヤリと笑った顔がこちらを向いて、それから手がフワッと軽くなった。

「冗談だよ。でももう法的な制約が無くなったからな~と、ふと思っただけ」

彼が手を離しても、私の鼓動は収まらなかった。

「ちょっとビックリしたけど…」
と口ごもると、かき消すような勢いで「分かってるから心配すんなって。お前、俺の事そういう風に見てないだろ」と笑い飛ばしてきた。

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そうなのだ。
そんな風に見たことは、ただの一度も無かった。

それに、今この瞬間に恋に落ちるとか、そんな事も、ありえない。
いや、ありえない、絶対に。

それなのに、今日は子どもも家にいないし、という考えが頭をかすめた。

何考えてるんだ、あたしゃ、とハッとして「よくご存知で。でも大事な親友だから大切な存在ですよ~」と同じく笑って切り返した。

帰宅して、子どももいない家にひとり、リビングの椅子に腰掛ける。
握られた手の感触と、ちょっと熱っぽい彼の目を思い出すと、みぞおちのあたりがチリチリと熱を持つような気がした。
もしあのまま流れに身を任せてしまったら、というか、私の方から誘うようなそぶりを見せたら…と、考えたくもない妄想がよぎる。
恋愛体質とか、そんなんじゃなく、ただ、人恋しいだけなのでは、と自分を疑ってしまう。

誰かに抱かれると安心する。
それは、多分、誰もがそう。
それでも自分には若干の依存傾向がある事を、私は自覚している。

それでも、友人とは寝ないをモットーにしてきたし、寝たいと思った事もなかった。
なんというか、男性の本能を友人に見るのが、どことなく嫌だった。

それで心臓が変に大きく動いたのか、と自分を納得させる。
あの瞬間に彼の瞳に宿った男の本能。
冗談だと笑ってはいたが、握った手の強さと、微かに熱を帯びた視線がしっかりと記憶に残ってしまった。
あれは、友人には見せてほしくない一面だったのだ。
そう、それで、ちょっと動転しただけ。ただ、それだけ。なんでもない、これで良かった。

自分に言い聞かせて、無理やり寝床にもぐり込む。

こうして、ひとりきりの夜は更けていった。

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あの日から、なんとなくこちらから連絡するのがおっくうになっていたが、共通の友人も多いので、会う機会はそこそこあった。
顔を見ても、特にドギマギする事もなく、ああホラ、やっぱり彼はただの、私の大事な、友人。と安心するような、そんな事がよくあった。

彼も、特に意識している風でもなく、いつも通りだった。

私は特に新しい恋人を作るようなこともせず、シングルマザーとして、もうほとんど手の離れた子どもの形ばかりの面倒と、仕事に勤しんでいた。

離婚する前は、正直、恋がしたくてたまらなかった。
元夫ではない他の男性に抱かれたくて仕方なかった。

それは、結婚という形が枷になっていると思っていたから、そしてそれが息苦しく感じたから、だたそれだけだったようで、いざ解き放たれると、なんだかどうでも良くなってしまい、相手を見つけようとか、良い出会いを探そうとか、そんな事すら思わなくなってしまっていた。

ただ、漫然と、ぽっかりと心のどこかに穴が空いたような、そんな虚しさを感じていた。
寂しさ、なのかもしれない。

子離れして、伴侶も去り、知人友人は沢山いるし、仕事仲間や趣味仲間にも恵まれてはいたが、孤独をふと感じる事が多くなった。

40代を手前に、こんな虚しい人生、なんだろうな、と思うようになった。
でも、もう何かに期待する事も、夢を見る事もない。

これが私の人生。
これから、何か人生が豊かになるようなものが見つかる気もしないし、このまま子どもの成長を見届けて、仕事でそれなりにやりがいを感じて、プライベートはそこそこで、そんな人生で良いや、と自暴自棄になるほどでもなく程よく諦め始めていた。

離婚なんかしなければ良かったとも思わなかった。
でも、虚しさを、誰かに埋めてほしいとは、思っていた。その自覚はあった。

そんな時に、彼といると、その時だけは虚しさを忘れられた。

同い年で、独り身で、私には子どもがいるけれど、彼は正真正銘の独り身で、お互い似たもの同士、と私は勝手に思っていたが、隣にいて、驚くほど疲れなかった。
安らぎを感じる、という言葉が最もしっくりくるような、そんな気がした。

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世の中には、こんな感情を「好き」とか「愛」とか、そう呼ぶ人がいるのも、また恋人と配偶者で線引きしている人間にとってはこれこそが配偶者にすべき人物に当てはまる感情だと言う人がいるのも、私は知っている。

でも、私には到底、彼とどんな形であれ、恋人や夫婦になるような事は考えられなかった。

多分、怖かったのだ。

愛はいつか枯れる。
恋はいつか冷める。

そして終わりが来る。

関係が破綻した相手とは、永遠に縁を切ってきた。

それが、怖い。

友人を、大切な親友を、失うのが、私は怖かったのだ。

例えば男性に抱かれる時にふいに感じる本能は、安らぎなんて与えてくれない。
そこに見えるのは、そう、恐怖に近いような感情。
でも、狂おしいほどに求められる事で、その熱で、私の恐怖心は快感に昇華する。
このまま傷つけて殺してほしいと思うほど、私は攻撃的に彼らの本能的な愛撫に応える。
そして、ようやく自分の欲望や寂しさが満たされる。いつもそうだった。

安らぎなんて、どこにもなかった。
ただ、強烈な感情しかなかった。

だから、破綻すれば、もう、終わりだった。

男性なんてそんなものだと、私の数少ない経験と本能は警鐘を鳴らし続けた。
だから、恋に落ちて、愛に溺れたら、いつかやってくる破滅に向かって突き進むしかない、と。
親友とは、間違っても、そんな関係にはなってはならない、と。

それなのに、ふとした瞬間に彼の事を考えてしまう自分に気付いた。
いや、家族みたいなもの。何か、良いことや、美味しいもの、美しいものに出会った時に、ふと分け合いたくなる気持ちは、そう、家族に「聞いて」と言いたい気持ちと同じようなもの。
だから、これは、違う、と何度も自分に言い聞かせた。

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だめ、このまま、気持ちがおかしな方向に進んでしまったら、きっと私たちの関係は壊れてしまう。
今のままでいいの。今のまま、親友のままで。
と、口の中で反芻した。

それなのに、ある時、とうとう自分に嘘をつけなくなった。
なんて事ない道端で、ただ歩いていただけだったのに、いてもたってもいられなくなった。
あ、私、好きだ。
そう思った瞬間、何か堰を切ったように感情が溢れ出してきた。

そして節操もなく彼に電話して、告白した。
何を言ったか、もう全く覚えていないが、嗚咽交じりで喚くように喋ったのだけは覚えている。
40手前に、何やってるんだ、と思いながら。

彼は、ただ「うん、うん」と聞いて、「とりあえず飯行こう」とだけ言って電話を切った。

そして結局その日のうちに、彼と食事して、彼に抱かれる事になるわけだが、年甲斐もなく泣きじゃくりながら抱かれるという恥ずかしい姿を見せてしまって、私は、穴を掘ってでも入りたくなった。
なぜか、泣けてきたのだ。
今まで、痛みで涙が滲む事はあっても、感情が昂ぶって泣く事なんてなかったのに。

そして、帰る時までずっと寄り添って頭を撫でてくれた彼に、ひたすら甘えた。
幸せだった。幸せというものを、初めて感じたような気がした。

これから私たちの関係がどんなものになっていくか分からないけれど、直感的に、破滅に向かっていくことはないと思えた。そこに横たわっていたのは、狂おしさでも、強烈さでも、痛みでも、何でもなく、ただただ穏やかな感情だった。

衝動でしか人を好きにならなかった自分が、大切な人のそばにいる幸福を実感できるなんて思ってもみなかったが、人は思わぬところで、すぐ足元に転がっている幸せに気付く事ができるのかもしれないと、生まれて初めてそう思えた。

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