ごめんね
もう1回、ちゃんと話したい。
ねぇ、どうして既読にならないの?
ブロックしてるの?
この4つの文章が「未読」のまま、早2週間。
これは、やっぱりブロックされたのかなぁ・・・と思い、ブロックされたのを認めたくない思いからずっとしぶっていたものの、藁にすがる思いでオンライン電話をかけてみる。
やはり、応答は、ない。
いつまでも鳴り続ける呼び出し音が虚しくて、私は電話を切って、泣き崩れた。
きっかけはささいな事だった。
私はその日、仕事でトラブルに巻き込まれてイライラしていた上に、帰りの交通機関が大幅にダイヤ乱れを起こしていて、不機嫌だった。
一方で彼の方は、いつもと同じくゴキゲンで、私が帰ってからも楽しそうに趣味のプラモデルの話をしながら、買ってきたばかりのキットを組み立てて鼻歌まで歌っていた。
その姿を見て、無性にイライラし、頭に血が上った。
きっと、慌しくしている時にのんびり能天気な子どもを叱りつける母親はこんな気分なのかもしれない。
私のスイッチが入った。
彼の前に立ちはだかり、良い歳していつまでそんな事ばかりやってるの、とか、こんなものにお金つぎ込んで、だから将来が不安なの、とか、私がこんなに疲れてストレス溜めて帰って来たのに何にも気付いてくれない、とか、そんな事をまくし立てた。
普段滅多にケンカなどしない私たちだったが、私は時々イライラが溜まりに溜まるとこのような形で爆発する。
それは彼も知っていた。だからこの日も、彼はいつものように私をなだめ透かして落ち着かせようとした。
その時口にした「子どもができたらこんな風なヒステリックな母親にはなりたくないだろ?」という言葉が悪かった。
カチンときた私は、更にヒートアップして、わんわんと不満をぶつけた。
要約すると、「子どもができたら」という仮定を持ち出した彼に、本当に結婚する気があるとはとても思えないという旨の事を延々とぶつけ、更には彼の給料が低いこと、趣味にお金をつぎ込みすぎていることを思い切り責めた。
これはやってはいけない事だった。
彼が気にしていることだったから。給料は底辺とまではいかないが、決して高くなく、それに見合っていない趣味を楽しんでいたので、私も彼との結婚に関しては慎重になっていたし、きっとその雰囲気は彼にも伝わっていたのだろう。転職しなきゃなぁとよくぼやいていた。
痛いところを突かれた彼は怒って、家を飛び出してしまった。
私の家で半同棲していたので、彼が戻ってくる保証はなかった。
荷物もほとんど置いていなかったので、なおさら不安になった。
電話しようか、メールしようか、とも思ったが、私もその時は相当怒っていたので、意固地になって何も連絡をしなかった。
そして数日後に彼から別れを告げるメッセージが届き、おそらくそれ以来ブロックされてしまったのだろう、音信不通状態となってしまったのだ。
泣き崩れたところで、何も始まらない。
彼の職場についても詳しく聞いていなかったし、実家の場所も分からない。
もう連絡を取る術は無いのだ。
こうなったら神頼みしかない。
恋愛成就や復縁成就のパワースポットとして有名な神社をインターネットで調べると、日帰りで行けそうな土地に見つかった。
いてもたってもいられなくなり、私は早速小旅行の準備を整えて、そのパワースポットとして有名な神社に行ってみる事にした。
休日だったというのもあり、境内はとても賑わっていた。
やはり若い女性グループが目立つ。皆考えている事は同じなのかな、とクスリと笑ってしまった。
中には家族連れなどもいて、少し不思議な気分になったが、よくよく考えてみれば、ここの神社は恋愛成就や復縁に効果があるパワースポットとして有名で人気なだけであって、別にそれ専門の神社というわけではないのだから、そりゃあ家族連れがいたっておかしくも何ともないのだ。
カップルで来ている男女も見られて、とても仲良さげなその姿に胸が締め付けられた。彼らは、ずっと2人で仲良く過ごせるよう祈願しに来たのだろうか。
幸せそうな家族やカップルを見ると、彼のこと、彼との思い出の事を思い出してしまい、目頭が熱くなった。
私はなんて愚かだったのだろう。あんな小さな事で彼とケンカして、酷い事を言ってしまった。後悔してもしきれない。彼にブロックされるのは当然なのかもしれない。せめて謝りたい。できる事なら、やり直したい。
気付くとそんな決意が固まっていた。
ふっと顔を上げると、拝殿が目の前にそびえ立っていた。
荘厳な作りで、私は思わず息をのんだ。
その飲み込んだ息を、ゆっくり吐き出して、深呼吸を一つ。
私は拝殿の目の前に一歩踏み出した。
参拝しながら、彼の顔を思い浮かべると、また涙がこみ上げてきた。
ぐっとこらえて、私が悪かったんです、まず、彼に謝りたいの、と唱える。そのチャンスさえくれればそれで良い。
このままケンカ別れして一生会えないなんて私には耐えられない。
彼に謝って、誠心誠意尽くして想いをぶつけて、それでも彼の心が私から離れてしまうのならば、それはもう仕方が無い事なのかもしれない。
じっくり話し合って、両者納得した上で別れるならば、それでもいい。でも、このまま互いに最悪の印象のまま永遠に離れ離れの人生を送るのだけは嫌。
お願いです、せめて、彼に会わせて。
必死に心の声で叫ぶように唱えて、気付くと私の頬に一筋の涙が伝っているのに気付いた。
慌てて周りを見わたしたが、幸い誰も私の涙を見た者はいないようだった。
必死に祈りを捧げたため、放心状態のようになった私は、そのままぼんやりと境内を散策した。
ふと、神社によくあるお守りやおみくじを扱った店が目にとまった。
おみくじ、か。
今の私が引いたら大凶かな。もし大吉が出ても、きっとひねくれて本気にしないでやけっぱちになって枝に括り付けるんだろうな。
そう、自嘲的に笑いながらも、私の足は興味本位でそちらの方向に向かっていた。
おみくじは本心からどうでも良かったが、お守りには興味をもった。
復縁に効くようなお守りがあるかもしれない。
眺めていると「恋愛成就」のお守りは数知れず。
ま、復縁成就なんて縁起の悪いお守りは流石に置いてないよなぁと苦笑する。
しかし、復縁だって恋愛は恋愛だ。
なにか気に入ったものを探し出して恋愛成就のお守りに復縁の願掛けでもしようかな。
そんな事を思いながらいくつか手に取ってみていると、隣にやってきた若い女性2人組の会話が耳に飛び込んできた。
「お守りも良いけどさ、やっぱりここに来たらパワーストーン見とかないとね」
「あれ、何かお目当てがあるの?」
「そう、金運をね、ちょっと・・・」
「なぁに、恋愛じゃないの」
パワーストーン?
思わず聞き耳を立てていると、巫女さんが「あちらの北門を出てすぐ左に、天然石を扱ったお店がありましてね、ここの神社のご利益がついたパワーストーンだという事で、ちょっとした名物になっているんですよ」と教えてくれた。
私は早速そのパワーストーンの店に行ってみることにした。
確かに人気らしく、店内は多くの人で賑わっていた。
中に入ってみると、色とりどりの天然石が並べられていて、アクセサリーやキーホルダーなど、様々なグッズが販売されていた。
やはり一番人気は「恋愛成就」らしく、大きなコーナーになっていて、ピンク色の天然石がたくさん置いてあった。
他にも「金運」や「健康運」など、分かりやすくカテゴライズされていて、更には店員さんたちがパワーストーンの効果について客の要望に合わせて選んでくれたり、解説してくれているようだった。
しげしげと店内を見て回り、復縁に関するグッズは無いのかな、と思っていると、端の方に「あなたにピッタリのパワーストーンを調合してオリジナルリングをお作りします!リングに願いを込めれば叶うかも!?」というコーナーがあるのを発見した。
リング・・・?
指輪にそんなおまじない効果みたいなものがあるのだろうか。
近づいてみると、右手、左手、それぞれの指にはちゃんと意味があって、どの指に指輪をつけるとこんな効果が期待できるとか、こういう時はこの指にこんな天然石をつけると良いとか、そんなコラムが書かれているパネルがあった。
「ご興味あれば、ご案内しますよ。もしお気に召さなければお買い求めいただけなくても大丈夫ですし」と優しそうな店員さんに促され「はあ・・・」と言いながら流されて椅子に座ってしまった。
「どのようなものをお探しですか。効能か、それともお目当ての石がございましたらそれでも・・・あとお色や誕生石などでお選びになる方もいらっしゃいますよ」
ここまで親切に聞いてくれると、心も開けるもので、私は思い切って相談してみようかなと思いはじめていた。
「お恥ずかしい話なんですけど、実は復縁を・・・」
そう言ってみると、店員さんは「それでしたら・・・」と詮索するような素振も見せずにすぐに案内を始めてくれた。私の現状を詳しく聞くというよりも、色々なパワーストーンの効力を紹介して、「状況に合ったものを選ぶと良いですよ、3つぐらいまでの組み合わせができますので」と言ってくれた。
「ちなみに、復縁を願う場合は、ジンクスみたいなものだけど、眠る時に左手の薬指につけると良いと言われているんですよ。右手の薬指につけても復縁成就の効果はあると言われていますが、今のご時世、カップルリングを右手につけていらっしゃる方も多いので、勘違いされてしまう可能性がありますから、やはりおすすめは寝る前に左手の薬指につけて、起きたら大切に保管して、というつけ方ですね」
ここまで詳しく説明してくれると、一気に効果がありそうな気がしてくる。
「ちなみに、寝る前、月が綺麗に出ていたら、月光浴をさせてあげると、より効力が上がるので、彼に思いを馳せながらやってみるのも良いかもしれませんね」
へぇ、と思った。ますます力が増しそうだ。
パワーストーンについても、色々な説明が聞けて、勉強にもなったし、とても興味深かった。
最も王道なローズクォーツは恋愛成就の石として有名で、これは流石に私も知っていた。でも、ただの恋愛成就だけでなく「復活愛」に効果的な石としても有名らしい。そして女性の魅力も引き出してくれるという事で、大人気のパワーストーンなのだ。
「ローズクォーツは組み合わせに必ず入れるようなイメージですかね、勿論人とは違うものが、という場合には選ばれないお客様もいらっしゃいますが」
そう言われたが、「復活愛」と聞いてしまったからには、入れないわけにはいかないだろう。
続いて私が気になったのは、ピンクオパール。
店員さんの説明によると、別名で「キューピットストーン」と呼ばれていて、偶然の再会や、突然の出会いなどを引き寄せる効果があるらしい。彼と連絡が取れなくなってしまった私にはまさにピッタリなパワーストーンだった。
ローズクォーツとピンクオパールだけだと、ピンク色ばかりの少女のような可愛すぎる雰囲気になってしまったので、浄化の力があり、激昂した気持ちを静めてくれるという力のあるムーンストーンも組み合わせて、自分の反省の気持ちも投影してみた。
そして、淡いピンク色がベースとなったステキなパワーストーンリングが完成した。
私はその日から毎晩、月夜が美しい日は月光浴を欠かさずおこなってから、左手の薬指にパワーストーンリングをはめて、彼と会いたい、直接謝りたい、そしてやはり私はあなたが好きだと伝えたい、と念じながら眠りについた。
その効果は、神社を訪れてから3ヶ月ほど経って、突然あらわれた。
なんと、忘れた頃に、彼から連絡が入ったのだ。
ずっと「未読」表示されていたメッセージが「既読」となり、「久しぶり」から始まる、彼のメッセージが届いたのだ。
そこには、「もう無理だと思って、これ以降一切連絡は取りたくないし顔も見たくないし声も聞きたくないと思って衝動的にブロックしちゃったんだけど、頭が冷えれば冷えるほど、大人気なかったなと後悔して・・・。2週間後に着信あったの知って、気まずくなってここまで引き伸ばしちゃってた。ちゃんと話したいと思って連絡したんだけど、もうダメかな」と書いてあった。
ダメなわけがあるもんか。
私はすぐに返信して、メッセージでも謝り、電話をかけても良いか聞き、電話口でも謝り、直接会う約束まで取り付けた。
そして、久しぶりに彼の顔を見た瞬間「やっぱり好きだな」と思い、開口一番で謝ろうと決めて来たのに、安心して泣き出してしまった。
そんな私の肩をそっと抱いてくれた彼の手のぬくもりを、私は忘れない。
その後2人でじっくり話して、気持ちも伝え合い、私たちはやり直すことになった。
彼の気持ちを動かしてくれた力が、あのパワーストーンのものかどうかは分からないが、私の想いがパワーストーンの不思議な力に乗って、彼のところに届いたような気がして、私はほっとしたと同時にあふれ出る喜びを押さえ込むことができず、帰り道で彼に抱きついた。