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福袋の本当の楽しみ。


福袋なんて全く興味が無かった僕が、今年思わず買ってしまった福袋。
それは、何でも売っている雑貨屋の福袋の宣伝文句があまりにもキャッチーだったからだ。

「税込み1万800円のおみくじ!今年の運試しはコレで決まり!試せ!己の運を!!」

という、そのキャッチコピーに思わず足を止めてしまった。

キャッチコピーの下には「※なお、福袋の中身は8,640円相当からとなっているため、損してもほんのちょっとです」と書かれていた。

そして、巨大なポップで「最大10万円相当のお宝が入っているかも!?」と書かれていてそこに更に別のポップが貼り付けられ「正確には税込みで10万8千円也」とあった。

要するに、8,640円から108,000円まで、一体いくら分の商品が入っているか分からないというものらしい。それで価格は10,800円。なるほど確かに、これは運試しと呼んで相応しい福袋だな、と納得した。

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年明け早々、楽しんでいるなぁと思って笑いがこみ上げる。

本当に10万円相当のものが入っているのか信憑性は怪しかったし、それに、金額だけ高ければ良いというわけでもないだろう。
そもそも福袋というと、目玉がいくつかあるにはあるが、その他のものには売れ残った商品などを入れて量増ししてなんとなく「お得感」を演出していると聞いた事もあったので、僕はずっと敬遠してきた。

だがしかし、この福袋は、なんというか、とても購買欲を書き立てられるような気がした。

間違いなく8,640円相当以上のものは入っているようだから、宝くじなどとは違ってハズレを引くという事もなさそうだし、運が良ければ10万円相当の代物が入っているらしい。

「運試し」という言葉のチョイスもなかなか良かった。

なんとなく興味をもって、しばらく店頭で福袋のコーナーを眺めていると、かなりの人気らしく、客たちが次々に手に取ってレジに向かっていく。
中にはグループで買いに来ていて「今年はどうかな」など楽しげに喋っている者たちもいた。毎年楽しみにしているような様子だったので、恒例行事なのだろう。

人は、他の人が買っていたり、誰かが「良い」と言うものに魅力を感じて、自分も欲しくなるという。

僕もまさにその状況だった。
急に振って湧いたような衝動に突き動かされて、僕は思わず福袋を手に取ってしまった。

福袋を持ってみて、しかしすぐにはレジに向かわず、また少し考える。
「たとえ8千円相当のものが入っていたからといって、それが俺が欲しいものかどうかなんて保証はない。1万円もかけるなら、自分で選定した自分の欲しいものを手に入れた方がよほど良いのではなかろうか」

そう思って悩みながらも、僕の横を福袋を抱えた人たちがいそいそと通ってレジへと流れていく様子を横目で見ていると、やはり衝動が僕の足をレジの方へ向けようとしてくる。

「正月ぐらいパーッと羽ぶりよくいこうぜ。どうせ1万なんて飲み会に2、3回行きゃ消えて無くなるんだ。運試しとも書いてあるし、これは『欲しいものを買う』っちゅう行為じゃないんだよ。運試しなんだ!」
自分の中のもう一人の自分が囁く。

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「待て待て。よく考えてみ?これは絶対買った後に後悔するやつだって。どうせロクなものは入ってないって分かってんだろ?それなのに何を迷ってるんだ。ほれ、さっさと帰るぞ」
まるで天使と悪魔のように僕の「意思」がケンカする。

僕の中で何か迷ったりした時に、必ず思い出す自分の座右の銘がある。

~やらないで後悔するなら、やって後悔しろ~

かくして僕は、福袋を握り締めたままレジへ向かった。

大きな福袋をかついで家に帰ると家族からは「あんたが福袋?珍しいね」と言われ、「どこで買ったの?」とか「何を買ったの?服?」など質問攻めになりそうだったので、早々に自室へ逃げ込んだ。

目の前に大きな袋を置いて、深呼吸をして開けてみた。

ゴタゴタしていてよく分からないが、何やら沢山のグッズが溢れかえっていた。
ひとつひとつ手に取って見ていくことにした。

まず「お!これは良いかも!」と思ったものはベルトだ。
イミテーションかどうかは分からないが、センスの良い革のような素材の黒いベルトが僕好みだった。
シンプルながら、お洒落な浮き彫り模様が施されていて、ジーンズなどと相性が良さそうだった。

続いて目に付いたものは時計だった。
しかし、これは自分がするかどうか少し微妙だった。
少しチープに見えた。素材がラバーだったからかもしれない。トイウォッチに近いようなイメージだった。こういったチープさをあえて生かしてお洒落を楽しむ上級者には好まれるようなデザインだったが、僕にはつけこなせる自信が全く無かった。

最も大きく、最も目立っていたのは、大きなぬいぐるみクッションだった。
白熊をモチーフにした、まるで抱き枕のようなクッションで、どちらかというと女性が喜びそうな物だったが、男性が持っていてもおかしくはなく、部屋に置いておけばインテリアにもなりそうだった。

ちなみに僕が購入した福袋には「メンズ」と明記してあったので、白熊の抱き枕のようなぬいぐるみクッションも男性をターゲットにしているという事なのだろう。

彼女にプレゼントしても良いかもしれないな、と思った。

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そして、他には文房具が数点。
面白雑貨とジャンル分けされそうな変わったデザインの文房具から、シンプルで使いやすそうなものまで多岐に渡っていた。人体を貫通するようなデザインのペンホルダーもあれば、スタイリッシュなフォルムのシャープペンシルもあった。

そして、ちょっと気になったのは「塩」の詰め合わせだ。
どこそこの塩や、変り種の塩がパッケージに詰め込まれていた。
料理好きの人にはたまらないのかもしれないが、僕が塩を使うとなると、ゆで卵に振るぐらいしか思い浮かばなかった。

「塩かいな!」と突っ込みを入れつつも、僕はこんな意外な商品が入っていた事さえ可笑しくて、楽しさに更に拍車がかかった。

それから謎のTシャツや、一見何だかよく分からないガジェットも紛れていた。
よくよく見たらデジカメなどを取り付けられる三脚だった。
キーホルダーやステッカーシールなど、正直ガラクタにしか見えないものも入っていた。

それでも、何が出てもとにかく楽しい。
自分では絶対に買わないようなものまで入っていて、意図せず自分のものになってしまったのが、なんとなく可笑しい。

総額いくらになるやら。
値札がついているもの、ついていないもの、それぞれ混在していたので、正確には分からなかったが、残念ながらどうやら10万円相当のものでは無かったようである。
ミニマムの8,640円なのか、払った金額相当の10,800円程度なのか、それよりも少しは高値がつくのか、何とも言えなかった。

しかし、何と言ったら良いか、僕はとても楽しんでいた。
なぜこんなにワクワクしているのか考えてみると、人にプレゼントをもらったような気分になっていたのだという事に気付いた。

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自分の欲しいものを選んで買う時は、確かにその買い物の過程は楽しむが、どちらかというと、必要なものを購入するにあたり真剣に選び、納得して購入し、すぐに使い方などを確認しながら実際に使う流れだ。
そうなると、かなり現実的で、そこには必要以上のワクワク感や、ドキドキ感などが無いように思える。

それが、誰かからプレゼントをもらったときは、何が入っているか分からない状態で袋を開けるドキドキ、ワクワク感がすごいのだ。それを僕は福袋を買ったことによって体験したらしい。

そうか、この福袋とやらは、何が入っているか分からない状態で手にする事に意味があるのか。
なるほど、つまりは自分のためにプレゼントを贈るのに近い感覚だな。
と、妙に合点した。

よく自分にご褒美とか、自分にプレゼントと言うが、福袋こそ本当の意味で「自分にプレゼント」なのかもしれない。

なにやら、クリスマスに枕元にプレゼントが置かれていた時のドキドキ感にも似ているような気がして、この感覚を味わえるのは、なかなか楽しいものなのかもしれない、と僕はそう思った。

さて、しかしこのワクワクした気持ちを味わうだけでは勿体ない。
僕は、袋からひと通り出した戦利品の数々を仕分けする事にした。

仕分けの項目は、自分が使う、家族にあげる、友人にあげる、彼女にあげる、会社に持っていって「ご自由にどうぞ」にする、リサイクルショップで売りさばく、どうしようもない、の7つだ。

ベルトや文房具は自分で使う、白熊は彼女にあげる、トイウォッチは友人にあげる、なぞのポケットティッシュは会社に持って行く、塩は母にあげる、など順に仕分けしていく。

その過程でまた発見があった。
福袋は、人へあげるプレゼントにも使えるというわけか、という事だ。

自分が使わなくても、他に必要な人が思い浮かべばその人にプレゼントしてしまえば良い。
誕生日などの大きなイベントでは使えない代物だった場合でも、何かちょっとした御礼をしたい時などには最適だし、突然何の前触れも無くプレゼントすれば、それはそれで喜んでもらえるだろうし、自分の株も上がる。

こういう楽しみ方もあるのか、と目からウロコが落ちて、僕はプレゼント仕分け作業も大いに楽しんだ。

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いざ仕分けしてみると「どうしようもない」ものはほとんど無く、大体のグッズの行き先が決まった。

自分で使いたいと思うものは4割くらいで、半分には満たなかったが、その割合でも僕は十分満足だった。

何よりもあのワクワク感が得られただけで十分だったからだ。

年に一度の運試し、やってみて良かったな、と思った。

僕はハマると結構ズブズブとその世界に浸ってしまうタイプで、雑貨の入った福袋を買ったのち、他に3つの福袋を購入した。

あれだけ敬遠していた福袋は、ただの「食わず嫌い」だったらしい。

3回も福袋を購入して、僕は毎回めちゃくちゃ楽しんだ。
このワクワク感、たまらない!!
こんなにお手軽に、童心に返ったように興奮できるなんて、知らなかった。

こりゃハマりそうだなぁと苦笑しながらも、僕は福袋の魅力の虜となった。

なぜ人々が福袋を買ってしまうのか、今の僕にはよく分かる。

皆、あのワクワク、ドキドキ感を求めているのだ。本当に「お得」かどうかは二の次、本当に自分の欲しいものが手に入るのかは三の次なのだ。
何が入っているのか分からない福袋を買い求めて、プレゼントをもらった時のドキドキ感を楽しみ、そして開けて中身を見ている時のワクワクした気持ちを味わうのだ。

そういえば子どものころは福袋をよく欲しがっていたような気がする。

福袋だけではない。お正月になると、おみくじを引きたがったり、占いをやってみたいと言ったり、中身の分からないプレゼントなどにはやたらと興奮したものだ。

あの頃は、きっと未知のものへのワクワク感を全身で楽しめる、そんな純粋さを持ち合わせていたのだ。それが大人になって世知辛い社会で生きているうちに、いつのまにかやたらと現実的な考えをもつようになってしまい、いつだって損得や必要最低限の事ばかり考えてしまう。

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人生にはもっと無駄なことが溢れていていいのだ。そうに違いない。
その無駄なことにこそ、楽しみが詰まっていて、それが人生を豊かにしてくれるような気がする。

福袋は、まさにその真骨頂!!
この、えも言われぬ興奮と、高揚感は、ただ「何が出るか分からない」という未知への期待に集結しているのだ。

とにかく楽しい。
それだけで十分だ。

楽しむために福袋を買うのだ。
それが目的なのだ。

お年玉をもらったり、冬のボーナスが出たり、臨時収入がある年末年始のこの時期だからこそ、盛大に無駄遣いをしようではないか!
その中には予想だにしなかったお宝が紛れ込んでいるかもしれないし、そうではなくとも、絶大なワクワク感は折り紙つきなのだから、決して損をしたような気分にはならない。

そう、これぞ福袋!
福がたんまり詰まった夢の袋なのだ!

中身が分からない袋を家に持って帰る時間も、楽しめる、それが福袋なのだ。
買って楽しい、開けて楽しい、それが福袋なのだ。
夢を買い、楽しい気分で笑顔になれる、それが福袋なのだ。

笑う門には福来るという言葉があるだろう。
福袋を買うことによって楽しい気分になり笑顔になる。そうすればまさに「笑う門には福来る」の言葉通り、福袋は福を呼び込む袋にすらなり得る。

僕はまた来年もいくつか福袋を買おうと決め、新年早々翌年の楽しみを見つけて、またワクワクした。

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