英語

英語が幸せな結婚を引き寄せる!英会話ができると仕事も結婚も順調に


英語。
アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなどで主に話される言語で、世界共通語とも言われている。

ヨーロッパ圏の人間の多くが英語を操り、元イギリス植民地のアジア諸国なども英語が普通に通じる。

飛行に乗ったり、海外旅行に行っても、主たる観光地やホテル、空港では英語さえ話せればまず路頭に迷うようなことにはならない。

この便利な英語に関してだが、日本人はどういうわけかとんでもない苦手意識をもっている者が多い。

「ノーイングリッシュ」とか「イングリッシュ?ダメダメ!」とか、ちょっとでも外国の人に話しかけられようものなら、私は英語ができないアピールを必要以上にして脱兎の如く逃げ出す。

逆に、英語ができると、これがものすごいアドバンテージになるのだ。


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第一外国語として、国民の多くが英語を問題なく話せる国は多いが、日本も一応英語は第一外国語として中学から少なくとも3年、高校まで進学すれば6年は勉強してきているはずなのに、英語ができるとそれだけで「すごい」と賞賛される。

九九ができても賞賛されず、逆に九九ができないとバカにされる。
小学生レベルの漢字がおぼつかないと、これもバカにされる。
消費税の計算がまともにできないと、鼻で笑われる。

どれも皆、学校で勉強してきたことで、当然の常識になっているからだ。

ところがどっこい、英語に関しては、全員が義務教育で学んできた「常識」のはずなのに、できない事が普通で、できるとやたらと持ち上げられる。

しかし、だ。
これはおかしな事ではないか。

きちんと学校で勉強してきたはずなのに、できないなんて、本来はとても恥ずかしい事なのだ。「勉強してきたのに、できません」と胸を張って堂々と自慢するような事ではないのだ。

そしてこの、いたって当たり前な感覚が、昨今じわじわと広がりつつある。

あれ、英語ができないというのは、ちょっと恥ずかしい事なのかもしれない。
という考え方が少しずつ浸透し、世界で渡り合っていくためには英語は「できて当たり前」なのかもしれない、という色が濃くなってきたのだ。

そう、今までは「英語ができる!?すごいね!即採用!」だったのが、「英語は最低限できる前提で、その上であなたの特技や能力をアピールしてください」に変わってきているのだ。

これは裏を返せば「英語ができないなんてお話にならない」という事である。

この変化に危機感を覚えて、時代に喰らい付いていけるかどうかが、これから先の未来の日本で、いや、世界で生きていく上で成功するか否かの分かれ道になるような気がする。

もはや「英語ができて当然」という時代になったのだ。

仕事をする上ではもちろん英語ができると、それだけで幅が広がるだろう。
そして、仕事だけではなく、結婚相手を探す事に置いても、英語ができる事はかなりのアドバンテージになる。

海外志向の人間は妻同伴で海外に駐在したりする事が多く、そういった、要するに「できる」男、「稼げる」男の妻になるためには、海外でも問題なく生活していける能力が必要不可欠だ。

買い物ひとつまともにできないようでは失格だし、現地で友人を作ってホームパーティーを開くぐらいの事はやってのけなければ、エリートの妻としての務めを果たせない。

いずれにせよ、バリバリのキャリアウーマンとして働くためにも、良い男の妻として見初められるためにも、英語は絶対にできないよりはできた方が良い。

中学生だった頃の私には事の重大性が全く分かっていなかった。
というか、当時は、世の中がまだそれほど「英語ができて当たり前」になっておらず、むしろ「英語ペラペラ!すごーい!」という時代だったので、のほほんと過ごしてしまっていた。

将来、言語ツールとして使うつもりは無く、一時的に暗記してテストの点数だけ稼げれば良いとしか考えていなかった。

歴史の登場人物の名前を覚えるように、理科の化学反応の公式を覚えるように、英単語を覚え、英熟語を覚え、英文法を覚え、覚えたものを紙に書いて、点数だけもらった。

英語の授業そのものは決して嫌いではなかったが、さして面白いとも思わなかったし、そこそこの点数をキープできれば、それで十分だった。


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高校でもそのスタンスは変わらなかった。
変わったのは、授業のレベルが高くなり、ついていくのが難しくなったくらいだった。

登場する単語も「日常会話では使わないよね」というものが多くなり、仮定法なども文法もまた「日常では使わないなぁ」という感想しか出てこず、取り組む文章などもいまひとつ使いどころが分からず、興味が全く湧かなかった。

興味が湧かないということは勉強する気にならないということで、私の英語の点数はどんどん下がっていった。

高校生になっておそろしいな、と感じたのは、点数が下がっても、赤点さえ取らなければOKという不思議なボーダーラインが存在していたことだった。

赤点を取ってしまうのはさすがに「マズイ」ことだったが、平均点まで到達しなくても、赤点のボーダーさえ越えなければ大丈夫という根拠の無い自信が、学年全体に蔓延していた。

そうはいっても、大学受験という高く厚い壁が立ちはだかったので、受験勉強をせざるを得なくなった。

もちろん英語も、ちゃらんぽらんな勉強ではダメだ、という危機感をもって勉強に取り組んだ。
しかし、その勉強は完全に「受験勉強」だった。

要するに、使える英語の勉強や訓練ではなく、ただただ大学入試で点数を稼ぐための試験勉強に他ならなかった。

中学の英語の勉強と同じで、ひたすら単語やイディオムを頭に叩き込んで、解答用紙に答えを埋められればそれで良い、というものだった。

だから、なんというか、自分で考えて英語で会話する力や、英語を使って外国の人とコミュニケーションをとる事ができる力は、微塵も身につかなかった。

これだけの時間と労力を費やして勉強したのに、英語が全く話せず、外国の人と対面しようものならすぐに白旗を振って尻尾を巻いて逃げ出したくなるのだった。

それもおかしな話だとは思うが、当時の日本の英語教育の実態がこの通りだったのだから仕方ない。
結局のところ、何のために英語を学習するのかよく分からなくなってしまった。

大学生になり、私は英語系の学部とは無縁の学部に進学したため、いよいよ英語との縁が切れた。
忌々しい単語テストや、長文読解などからようやく開放されたのだ。

わりとイケイケな大学生時代だったので、何回か友人たちと海外旅行にも出かけたが「えー、英語わかんなーい」とか何とかちょっとぶりっ子を装えば、英語が得意な友人や、地元の親切な青年やおばちゃんが助けてくれた。
そしてそれもまた良い思い出になったのだった。

そういうわけで、英語で仕事をするなんてとんでもないという貧相なレベルのまま社会人になってしまった私だったが、入社してしばらくは変わらずに英語とは無縁の生活を送っていた。

当時付き合っていた彼との結婚も少しずつ意識しはじめていた。

このまま、彼と結婚して、子どもができたら産休か退職か選び、人並みに家庭を築いていくのかな、などとぼんやり思っていた。

しかし、事態は予想外の方へ転がっていく。
彼と別れたのだ。

理由はなんのことはない、彼の浮気という実につまらないものだった。

スペックが良かっただけに、彼と別れて私は途方にくれた。

結婚するのかな、と思っていた相手が急にいなくなり、浮気した彼を許す気はなく、別れて当然という思いはあったものの、にわかに不安になった。
今まで寄りかかってきたもの、支えにしてきたものが、突然無くなったのだから、当然といえば当然だ。

支えを無くした私は自分の力で立つしかなかった。
そして私はこの頃、転職を意識するようになった。

当時勤めていた会社はハッキリ言って給料が低かった。
就労条件は粗悪なものではなかったが、良くもなく、ギリギリのところでブラック企業ではないと言えるラインでふんばっているような会社だった。

いつか彼と結婚して・・・などと悠長に考えていたため、彼と別れるまでは離職したり転職したりしようと思ったことはなかったが、ひとりぼっちになると、このままではマズイと思い始めた。

そこで、転職活動をしようと思い切って腰をあげてみた。

どんな業種、職種ならば、ある程度就労条件が良く、給与も今より良く、そして興味が持てるかな、と考えて色々見てみた。

いくつか興味のある仕事は見つかったが、同時に私はある重大な事実に気付いてしまった。

世の中はどんどんグローバル化している、という事だ。


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条件に「英語ができること」と書いてある求人がいかに多いか、というのを発見してしまったのだ。

そして英語ができる人が就ける仕事は、割合に良い条件のものが多かった。
それだけ、企業が英語のできる人材を渇望しているという事なのだろう。

私レベルの素人英語では何の太刀打ちもできなかった。

しかし他の、大した能力が無い人間でも応募できるような求人は、正直なところ今と大して変わらない条件か、あまり良くない条件のものしか無く、逆に英語以外で何かアドバンテージを、となると、とてもとても私には手も足もでない特殊なものばかりだった。

例えばプログラミングができるとか、そういうレベルだった。

もっとも手っ取り早く自分の能力を上げて、転職に有利になるための武器を手に入れるとしたら、英語しか無かった。

私は一念発起して、英語の勉強をする事にした。
ターゲットを絞って、主にビジネス英語スキルを身につけることにした。

様々なスクールや教材を試してみて、自分に合った勉強法を模索した。

そして、ひとまずはその時勤めていた仕事は辞めずに、並行して英語の勉強に勤しんだ。

1年ほどみっちり英語漬けの日々を過ごして、TOEICの点数が450点そこそこ程度だったところから650点まで、200点も伸びた。

それでも、まだ「英語ができます!」と胸を張ってアピールできるほどではなく、私は更に半年間、もっと追い込んで英語の勉強に熱を入れた。

どうにかTOEICであと100点伸ばして750点を超えるスコアを叩き出したかった。

必死に勉強し、どうにか746点というところまで達した。
目標まではわずかに足りなかったが、ここまで頑張った自分をほめてやりたかった。

履歴書に「TOEIC746点」と書くのは、正直、なんとも言えない微妙な心情だった。

900点台を叩き出せば立派なもので、800点台でも「英語が問題なくできる」と見なしてもらえる。

しかし700点台で、しかも前半だと少々心許ない。

それでも「英語ができる事」を条件ではなく、「なおよし」にしている企業からすると、私の点数でも十分歓迎してもらえるようだった。

私は、その「なおよし」として英語の能力を必要としている企業に応募して、内定をもらう事ができた。

そして、それまで勤めた会社を退職し、転職した。

英語ができればなおよし、という事は、仕事でバリバリ英語を使うわけではないが、英語を使う場面がしばしば出てくるという程度に英語を使う機会があった。

実のところTOEICで点数を取るための勉強、つまるところ結局はテストのための勉強によって英語力を伸ばした私には、最初はなかなか上手く意思疎通ができず、やきもきしたり落ち込んだりした。

しかしそんな私をいつも隣で支えてくれた、数歳年上の先輩社員が英語が堪能で練習台になってくれると申し出てくれた。

少し恐縮しながらも、ありがたく英会話の練習をさせてもらい、休日なども一緒に過ごすようになった。

そして、そんな私たちは、まだ何も芽生えないうちから社内の噂の的になった。

その噂はやがて真実になるわけで、私と先輩はお付き合いする事になった。

それから数ヵ月後に、彼の方が異動で海外の支店に配属になり、そのタイミングで結婚を申し込まれた。

「ちゃんと英語もできるし、一緒に海外で生活しても全然心配ないから、よければ付いてきてほしい」と言ってもらい、英語を頑張ってきて本当に良かったと心から思った。

幸い、私にもできそうな仕事が現地で見つかったため、私は会社を辞めることなく、彼と一緒に海外支店に配属されて、夫婦で一緒に働く事になった。

現地スタッフとは基本的に英語でやりとりするのだが、彼との練習が実を結び、コミュニケーションが上手くとれずに悩んだりすることはなかった。

英語はできないよりはできたほうが良い。

これは至極当たり前の事だ。

それが、「できるに越したことはない」から「できた方が圧倒的に良い」にシフトチェンジしつつある現代で、私は英語に真剣に取り組むという選択をして本当に良かったと心からそう思った。


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